かさぎでら|真言宗智山派|鹿鷺山
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山岳信仰、磐座信仰、修験道の地。
拝観手続きを済ませ、順路を進んでいくと、「修行場」の看板。確かに受付で「行ってらっしゃい」って言われた…。ここでは拝観がすなわち修行場を回ること、つまり修行だったー。
磐座信仰の聖地だったというだけあって、巨石の数々がとんでもないバランスで積み上がっていたりする。何もなくても立派な景勝地になりそうだ。そして一際大きな巨石に、ご本尊弥勒菩薩が彫られている。磨崖仏がご本尊というのも珍しい。表面は、お堂の火事で焼けてもはや肉眼で仏様を見ることはできないが、特殊なカメラでお姿が確認できるそう。他に虚空蔵磨崖仏があり、こちらははっきりと姿を拝見できる。
かなりしっかり登山で息が上がるが、山の麓が一望できる所があったり、奇岩などの見どころポイントもあって、楽しく「修行」できた。



本尊は磨崖仏の弥勒仏。弥勒仏は三度の火災により彫刻表面が焼け、光背部分以外は形状が判然としない。
創建不詳。
出土品から飛鳥時代に造営されていたことが推定される。
東大寺の良弁・実忠が笠置山の大岩石に仏像を彫刻し、その仏を中心として笠置山全体が一大修験行場として栄えた。
1193年藤原貞慶(後の解脱上人)が興福寺から笠置山へ入り隆盛を極める。
1331年鎌倉幕府倒幕を計画し京都を出た後醍醐天皇を迎え、行在所となっていたが失敗に終わり(元弘の変)、北条軍の攻撃を受け全山焼亡し衰退した。
明治初期には無住であったが、1876年大倉丈英により再興された。
正月堂は本尊弥勒磨崖仏の礼拝堂。
752年東大寺の実忠和尚が正月堂で修正会を行ったのが、東大寺で行われている修二会(お水取り)の起源とされる。現在の建物は1611年の再建である。
笠置岩の下に建つ十三重石塔は1198年製作で重文指定されている。
山中にもうひとつある磨崖仏、伝・虚空蔵磨崖仏は弘仁年間(810年~824年)弘法大師が一夜にして彫刻したと伝わるが、本尊同様奈良時代に渡来人が製作したものと推定される。
解脱鐘とよばれる中国の形式を持つ鐘の底が六つに切り込まれた形の梵鐘は日本で唯一のもの。1196年重源の作で重文指定されている。

昨日は笠置山もみじ公園へ
行ったつもりが、
間違えて、
行場巡りをして帰ってきました😂

まずは、
TOP御朱印からです。

駐車場近くに猫の石が。
猫ちゃん好きなんで カシャ!Σp📸ω・´)
坂道を上がるのしんどい。。
最近は、階段見るとゾッとします。
この上が山門のようです。





巨大な石がたくさんある山にあるお寺さんです。もともと巨石信仰の地であり、たくさんの摩崖仏があります
ミケランジェロの言葉にこういうものがあります。
"I saw the angel in the marble and carved until I set him free."
(私は大理石の中に天使の姿を見つけ、天使が石から解き放たれるまで彫っていった。)
もともと巨大な石があるところは神域でしたし、石そのものに神様が宿っていました。だからこそ神聖な石に仏様の姿を見つけて彫っていったのでしょうか。
巨石崇拝は人類共通の文化ですし、巨石に天使や神仏の姿を見るのも天才に共通なのかな~と改めて考えました。
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ジャンボタクシーで行く南山城古寺の旅 その4
JR関西線「笠置駅」下車。ハイキングコースの山道を徒歩40分。真言宗寺院。ご本尊は弥勒菩薩です。
木津川の南岸、標高289メートルの笠置山全体が境内になっており、古くから南都奈良、とりわけ東大寺との関わりが強い寺院です。
682年、大海人皇子の創建とされています。その子供である大友皇子が鹿狩りの際に笠置山山中にて立ち往生して身動きが取れなくなり、
山の神に助けを請うたらこの岩に弥勒菩薩の像を刻みましょうと誓願したところ、無事に助かったとされています。
この時に次に来るときには混じるしとして、岩に自分の笠を置いたところからこの地名がつけられました。
また、東大寺の春の風物詩でもある「お水取り」は、ここが起源と云われています。
山全体が山岳信仰の場所。ここに佇む仏像は、なんだか心が癒される感じがします。
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