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しんめいじんじゃ(しんめいこうだいじんぐう)

神明神社(神明皇大神宮)の御由緒・歴史
京都府 新田駅

ご祭神内宮 天照大神・豊秋津姫命・手力雄命
外宮 豊受大神・瓊瓊杵尊・ 天太玉主命
末社 厳島神社 市杵嶋姫命
八社
結社 高皇産霊大神・神皇産霊大神
住吉社 表筒男命・中筒男命・底筒男命
蛭子社 言代主命
風宮・雨宮 級長戸辺命・級長津彦命
天満宮 菅原道真公
稲荷社 倉稲魂命
春日社 天児屋根命
猿田彦社 猿田彦命
境内神社 羽拍子神社 天照大神・級長津彦命・級長津姫命
創建時代白鳳三年(674)
創始者天武天皇詔
ご由緒

当社は、白鳳三年(674)四月天武天皇の詔により、栗子山に神殿を造営、市杵嶋比売命を祭神として神明神社と称えられたのが起源とされる。
桓武天皇延暦十三年(794)都を平安京に遷され、当地が都の巽に当たるので伊勢皇大神宮を勧請この地を宇治と号し屡々行幸された。その後延喜四年(904)醍醐天皇の詔により新たに社殿を造営、伊勢内・外皇大神宮及び雨宮・風宮。稲倉魂命の御分霊を祭り歴代天皇が行幸されたが、南北朝の争い等により社殿は大破する等したので、康和元年(1099)四月に現在地の洛南の景勝地であった神明山に移されたが、たび重なる兵乱により神領は減少し現代に及んでいる。
境内には、宇治市名木のしゃしゃんぼ及び椎の大木が昔の名残を止めている。また、山崎の合戦に敗れた明智光秀が山階に逃れる途次隠れたと言伝えのある古井戸を藻隱池と称し現存している。

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