うじがみじんじゃ
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楽しみ方宇治上神社のお参りの記録(2回目)
投稿日:2023年08月28日(月) 21時19分32秒
参拝:2023年8月吉日
創建不詳。
宇治神社と二社一体の存在で、平等院が創建されると鎮守社となった。
江戸時代までは本宮・上社と称された。
拝殿は鎌倉時代前期の建築、本殿は平安時代後期の建築で国宝指定されている。
本殿内には内殿3棟が並ぶ。
向かって右の左殿(第一殿)に仁徳天皇、中央の中殿(第二殿)に応神天皇、向かって左の右殿(第三殿)に菟道稚郎子命を祀っている。
古代は末子相続が慣例となっており応神天皇は菟道稚郎子命(うじのわきいらつのみこと)を皇嗣と定めていたが、菟道稚郎子命は渡来人に師事したことから長子相続を良しとし、応神天皇崩御後兄の大鷦鷯命(おおさざきのみこと・後の仁徳天皇)に皇位を継ぐように勧めたとされる。
兄宮はこれを固辞し二人の皇位の譲り合いが三年続いたことから、皇位を早く定めるために菟道稚郎子命は自害し大鷦鷯命に皇位を譲ったという伝説が残る。
摂社春日神社は鎌倉時代後期の建築で重文指定されている。
宇治神社と二社一体の存在で、平等院が創建されると鎮守社となった。
江戸時代までは本宮・上社と称された。
拝殿は鎌倉時代前期の建築、本殿は平安時代後期の建築で国宝指定されている。
本殿内には内殿3棟が並ぶ。
向かって右の左殿(第一殿)に仁徳天皇、中央の中殿(第二殿)に応神天皇、向かって左の右殿(第三殿)に菟道稚郎子命を祀っている。
古代は末子相続が慣例となっており応神天皇は菟道稚郎子命(うじのわきいらつのみこと)を皇嗣と定めていたが、菟道稚郎子命は渡来人に師事したことから長子相続を良しとし、応神天皇崩御後兄の大鷦鷯命(おおさざきのみこと・後の仁徳天皇)に皇位を継ぐように勧めたとされる。
兄宮はこれを固辞し二人の皇位の譲り合いが三年続いたことから、皇位を早く定めるために菟道稚郎子命は自害し大鷦鷯命に皇位を譲ったという伝説が残る。
摂社春日神社は鎌倉時代後期の建築で重文指定されている。

拝殿

拝殿

本殿

本殿

本殿

本殿

内殿(右殿・中殿・左殿)

内殿(中殿)

内殿(中殿)

内殿(左殿)

内殿(左殿)

内殿(右殿)

内殿(右殿)

表門

桐原水

桐原水

摂社春日神社

摂社春日神社

摂社春日神社

摂社春日神社

末社住吉社・末社香椎社

末社厳島社


末社稲荷社

末社稲荷社


すてき
投稿者のプロフィール

タンホイザ3867投稿
小学生時分から神社仏閣が好きな変わった子供でした。 関西転勤を機に、昔の情熱が復活して週末に寺社めぐりを再開しました。 西国メインで巡礼しています。 西国三十三観音特任権大先達 坂東三十三観音霊...もっと読む
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