たねまじ
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種間寺ではいただけません
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種間寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2023年05月17日(水)
参拝:2023年5月吉日
【本尾山(もとおざん)朱雀院(すざくいん)種間寺(たねまじ)】
本尊:薬師如来
宗派:真言宗豊山派
開基:弘法大師
種間寺は、第31代 用明天皇(在位585 – 587)の頃、四天王寺を建立するため来日した百済の仏師が帰国の際に暴風に襲われてこの地に近い秋山の港に漂着、航海の安全を祈願して薬師如来刻んで本尾山頂に安置したのが起源であるという。その後、弘仁年間(810 – 824)に弘法大師(774-835)が巡錫(じゅんしゃく)し、堂宇を建立し仏師が刻んだ薬師如来を本尊として安置して開基したという。その際に唐から持ち帰った五穀の種を境内に蒔いたことから寺号が定められた。
本尊:薬師如来
宗派:真言宗豊山派
開基:弘法大師
種間寺は、第31代 用明天皇(在位585 – 587)の頃、四天王寺を建立するため来日した百済の仏師が帰国の際に暴風に襲われてこの地に近い秋山の港に漂着、航海の安全を祈願して薬師如来刻んで本尾山頂に安置したのが起源であるという。その後、弘仁年間(810 – 824)に弘法大師(774-835)が巡錫(じゅんしゃく)し、堂宇を建立し仏師が刻んだ薬師如来を本尊として安置して開基したという。その際に唐から持ち帰った五穀の種を境内に蒔いたことから寺号が定められた。
【34_T.Hamada's view】
境内入口
境内入口
【34_子どもを抱いた子育観音】
開創時に弘法大師が米や麦、粟などの種を蒔いたことが、名前の由来。子孫繁栄と安産を祈る「子どもを抱いた子育観音」の表情はやさしい。(四国霊場開創1200年記念絵はがき)
開創時に弘法大師が米や麦、粟などの種を蒔いたことが、名前の由来。子孫繁栄と安産を祈る「子どもを抱いた子育観音」の表情はやさしい。(四国霊場開創1200年記念絵はがき)
【34_子どもを抱いた子育観音】
【34_本堂】
【34_大師堂】
【34_しだれ赤松】
2007(平成19)年に九州から当山に移植。樹齢230年立派な枝ぶり。
2007(平成19)年に九州から当山に移植。樹齢230年立派な枝ぶり。
【34_底抜け柄杓】
寺では柄杓(ひしゃく)の底を抜いて二夜三日の安産祈願したものを、お札を添えて妊婦に授ける。それを床の間に飾り、無事に安産すれば柄杓を寺に納める。子育観音堂に奉納されている。
寺では柄杓(ひしゃく)の底を抜いて二夜三日の安産祈願したものを、お札を添えて妊婦に授ける。それを床の間に飾り、無事に安産すれば柄杓を寺に納める。子育観音堂に奉納されている。
【34_龍の木鼻(きばな)】
大師堂の大きな龍の木鼻。左側の龍は手に宝珠を持っている。
大師堂の大きな龍の木鼻。左側の龍は手に宝珠を持っている。
すてき
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