てんとくじ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方天徳寺のお参りの記録(2回目)
投稿日:2025年06月15日(日) 12時31分02秒
参拝:2025年6月吉日
25.06.12。天徳寺境内に鎮座の与一堂。別名は真田与一廟とも言われ真田尊と呼ばれて来ました。天徳寺の鎮守社のようではあり、神社orお寺の括りにするか迷いましたが、ネット情報で与一堂とありましたので「天徳寺与一堂」でページ作成したつもりですが上手く行ってなく、「天徳寺」での掲載になった次第です?
本日の地元平塚市内ウォーキング参詣⑥最後
天徳寺の広い境内の一番手前左側にあり、石造物等の見所があり歴史の一端を垣間見られます。
本日の地元平塚市内ウォーキング参詣⑥最後
天徳寺の広い境内の一番手前左側にあり、石造物等の見所があり歴史の一端を垣間見られます。

神輿堂






手水鉢

読めませんでした。


与一堂


堂前の案内碑
白山堂とあります。こちらが現在の正式名称なのかも知れません?
白山堂とあります。こちらが現在の正式名称なのかも知れません?

与一堂前より天徳寺本堂の眺望

紫陽花

天徳寺鐘楼

鐘楼前よりの眺望
遠方の山は伊勢原市の大山です。
遠方の山は伊勢原市の大山です。

石祠
右は弁財天のようです。
右は弁財天のようです。

石仏群

如意輪観音菩薩
天明8年(1788)銘
天明8年(1788)銘

地蔵菩薩

奉納塔「地形助力連名単」
与一堂を建てるときに協力した近在の人々400名の名前を刻んだものです。
元治元年(1864)造立
与一堂を建てるときに協力した近在の人々400名の名前を刻んだものです。
元治元年(1864)造立

護摩壇
8月23日の与一堂大祭で住職が経を唱えながら護摩を焚く壇。
8月23日の与一堂大祭で住職が経を唱えながら護摩を焚く壇。

「梵網菩薩戒経千部真読塔」
菩薩の心が展開してゆく姿や戒律を説いた経を省略なしに千部読んだ塔とのことです。
明治10年(1877)造立。
菩薩の心が展開してゆく姿や戒律を説いた経を省略なしに千部読んだ塔とのことです。
明治10年(1877)造立。

真田公力石


案内板



笠付庚申塔
寛文9年(1669)造立。
寛文9年(1669)造立。

県道沿いよりの入り口
高い石垣が往時の城址を偲ばせます。
高い石垣が往時の城址を偲ばせます。
すてき
投稿者のプロフィール

こばけん1364投稿
2020年12月に西国33観音霊場の結願。過去の秩父34観音、坂東33観音と合わせて日本百観音霊場の結願成就。2021年から居住地の神奈川県内並びに東京都内の寺社巡りを始めました。移動は運転免許...もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば住職さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
住職さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。






