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楽しみ方国分寺(相模國分寺)のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年03月20日(金) 17時08分35秒
参拝:2026年3月吉日
26.03.17。先の龍峰寺から徒歩15分。海老名市国分南1丁目の閑静な住宅街にある高野山真言宗の寺院。
《通称:相模國分寺》
山号 東光山
院号 医王院
寺号 国分寺
創建 8世紀半ば(741)
開基 聖武天皇
本尊 薬師如来
『国分寺』の由緒沿革(HPより)
当寺は、天平年間聖武天皇の勅願によって建立された「相模国分寺」であり、寺伝によれば天平9年丁丑の年、行基菩薩此地を点として七ツの精舎を建て、本尊薬師如来並びに日月大士の像を自ら彫刻して祭るとあり、以来時代とその変遷をともにし、源頼朝の時に一時その荘厳を維持するも、南北朝を経て戦乱の時代に入り、兵災罹り堂宇以下悉く灰燼に帰したが、幸いに寺域の一部丘陵の上に残った薬師堂を現在の境内に移し再興された。
正徳年間(1713)住僧堯智本堂を再建し、本堂・薬師堂・山門・庫裡等並ぶとあるも、幕末頃本堂・経蔵・山門等廃絶。明治43年3月民家の火災により薬師堂類焼の厄を罹ったが、仏像類は難を免れ、同年11月薬師堂跡に仮堂ではあるが本堂が再建された。昭和29年11月客殿より出火、殿内に保存されていた什宝古文化書を消失するに至った。
昭和46年これまで仮堂であった本堂と客殿が再建されたが、老朽のため平成6年4月26日再建された。
当寺のルーツは聖武天皇の発願による官立寺院を各地に建立した中、相模國に当たる国分寺であり、近くにある国指定史跡の「史跡相模国分寺跡」も訪ねて歴史を思う良き参詣となりました。
《通称:相模國分寺》
山号 東光山
院号 医王院
寺号 国分寺
創建 8世紀半ば(741)
開基 聖武天皇
本尊 薬師如来
『国分寺』の由緒沿革(HPより)
当寺は、天平年間聖武天皇の勅願によって建立された「相模国分寺」であり、寺伝によれば天平9年丁丑の年、行基菩薩此地を点として七ツの精舎を建て、本尊薬師如来並びに日月大士の像を自ら彫刻して祭るとあり、以来時代とその変遷をともにし、源頼朝の時に一時その荘厳を維持するも、南北朝を経て戦乱の時代に入り、兵災罹り堂宇以下悉く灰燼に帰したが、幸いに寺域の一部丘陵の上に残った薬師堂を現在の境内に移し再興された。
正徳年間(1713)住僧堯智本堂を再建し、本堂・薬師堂・山門・庫裡等並ぶとあるも、幕末頃本堂・経蔵・山門等廃絶。明治43年3月民家の火災により薬師堂類焼の厄を罹ったが、仏像類は難を免れ、同年11月薬師堂跡に仮堂ではあるが本堂が再建された。昭和29年11月客殿より出火、殿内に保存されていた什宝古文化書を消失するに至った。
昭和46年これまで仮堂であった本堂と客殿が再建されたが、老朽のため平成6年4月26日再建された。
当寺のルーツは聖武天皇の発願による官立寺院を各地に建立した中、相模國に当たる国分寺であり、近くにある国指定史跡の「史跡相模国分寺跡」も訪ねて歴史を思う良き参詣となりました。

道路沿いの看板

↓



寺号標


本堂遠景

本堂


境内右側↓





六地蔵

相輪塔

境内左側↓
鐘楼
鐘楼

梵鐘
国指定重要文化財
国指定重要文化財



庫裡
御朱印をお願いしましたが現在はされていないとの事でした。
御朱印をお願いしましたが現在はされていないとの事でした。

寺院より徒歩2〜3分
史跡相模国分寺跡歴史公園
史跡相模国分寺跡歴史公園


案内板
↓
↓

礎石跡が見られます。

七重塔跡(基壇)
↓
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案内板

礎石跡が見られます。

海老名駅東口の商業施設(海老名ビナウォーク)内の海老名中央公園

公園の一角に七重塔のモニュメント
すてき
投稿者のプロフィール

こばけん1388投稿
2020年12月に西国33観音霊場の結願。過去の秩父34観音、坂東33観音と合わせて日本百観音霊場の結願成就。2021年から居住地の神奈川県内並びに東京都内の寺社巡りを始めました。移動は運転免許...もっと読む
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