えのしまじんじゃ
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楽しみ方江島神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年07月13日(日) 12時25分22秒
参拝:2025年5月吉日
2025年のGW・子供の日は神奈川・江の島へ散策に出かけました。 江ノ電(江ノ島電鉄)・江ノ島駅より片瀬海岸方面へ10分程歩くと、潮風を感じる江ノ島大橋、そして江の島が見えてきます。 島内には宗像三女神の一柱をそれぞれに祀る、辺津宮、中津宮、奥津宮と云われるお宮があり、それらを総称して江島神社と呼ばれています。 「江島縁起」によると江島神社の始まりは欽明天皇13年(552年)、神託を享けた欽明天皇(きんめいてんのう)の勅命により、島の洞窟(御窟・現在の岩屋)に宮を建てたことによると伝えられています。 文武天皇4年(700年)頃には修験道の始祖とされる役小角(えんの おづぬ)が、御窟に参籠して神感を受け、この地に修験の霊場を開くと、泰澄(たいちょう)、道智(どうち)、空海(くうかい)、安然(あんねん)、日蓮(にちれん)等の名立たる仏僧がこの御窟を訪れ仏道の修練に勤めたそうです。 弘仁5年(814年)には空海が岩屋本宮(現在の奥津宮)を、仁寿3年(853年)には円仁(えんにん)が上之宮(現在の中津宮)を創建し、さらに時を経て、建永元年(1206年)には鶴岡八幡宮の供僧で慈悲上人とも呼ばれた良真(りょうしん)が、鎌倉幕府3代将軍源実朝(みなもとの さねとも)の命を受け下之宮(辺津宮)を創建しました。 慶安2年(1649年)以降、江島神社は神仏習合により一時「金亀山江島院与願寺」と号しますが、明治6年(1872年)の神仏分離令に際して仏式を全て廃し改めて現在の「江島神社」へと改称しました。
GWということもあり半端なく混雑した参道の入り口には青銅の鳥居が聳え、ここから島内を巡ります。 赤い大鳥居を潜ると瑞心門、そして辺津宮、続いて左手にヨットハーバーを見下ろす展望デッキを過ぎて中津宮へ。 途中エスカー(有料のエスカレーター)の誘惑に耐えつつ、急な階段を登り切った先には江島のシンボル的な展望灯台「シーキャンドル」が見えてきます。 さらに階段の昇降が続き「山二つ」経由で奥津宮、最後は江の島岩屋を訪れ、これでぐるりと江島を一周、この日の江の島散策は終了です。 さすがに疲れました、途中昼食で戴いたシラスのかき揚げが美味しかったです。
GWということもあり半端なく混雑した参道の入り口には青銅の鳥居が聳え、ここから島内を巡ります。 赤い大鳥居を潜ると瑞心門、そして辺津宮、続いて左手にヨットハーバーを見下ろす展望デッキを過ぎて中津宮へ。 途中エスカー(有料のエスカレーター)の誘惑に耐えつつ、急な階段を登り切った先には江島のシンボル的な展望灯台「シーキャンドル」が見えてきます。 さらに階段の昇降が続き「山二つ」経由で奥津宮、最後は江の島岩屋を訪れ、これでぐるりと江島を一周、この日の江の島散策は終了です。 さすがに疲れました、途中昼食で戴いたシラスのかき揚げが美味しかったです。

江島神社・江ノ島大橋と江の島

江島神社・青銅の鳥居

江島神社・朱の鳥居

江島神社・瑞心門

江島神社・由緒書

江島神社・福石

江島神社・辺津宮 手水舎

江島神社・参道の鯉幟

江島神社・辺津宮

江島神社・銭洗い白龍王

江島神社・奉安殿

江島神社・奉安殿

江島神社・末社
八坂神社
八坂神社

江島神社・中津宮

江島神社・頼朝寄進の鳥居

江島神社・亀石

江島神社・奥津宮 拝殿

江島神社・八方睨みの亀

江島神社・奥津宮 本殿

江島神社・奥津宮 手水舎

江島神社・龍宮 鳥居

江島神社・龍宮

江島
中津宮展望デッキよりヨットハーバーを望む
中津宮展望デッキよりヨットハーバーを望む

江島シーキャンドル

江島 山二つ

江ノ電「江ノ島駅」

御朱印
江島神社
江島神社

御朱印
辺津宮
辺津宮

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中津宮
中津宮

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奥津宮
奥津宮

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龍宮
龍宮

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らんでぃー386投稿
令和になってから奈良の興福寺を参拝したのをきっかけに、御朱印を集めるようになりました。今では夫婦で神社仏閣巡りを楽しんでいます。妻は置物御籤もコレクションしています。もっと読む
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