さいふくじべついんえのしまだいし|高野山真言宗系単立
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楽しみ方最福寺別院江の島大師のお参りの記録一覧
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神奈川県 藤沢市 江の島 二丁目 に境内を構える、江の島大師、正式名称は 最福寺 別院(さいふくじ)当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、2024に参拝致しました、どの様な寺院か引用を用いて調べてみました、山号は 烏帽子山、寺号 院号は 最福寺 別院 ( 総本山は 鹿児島県 鹿児島市 平川町 烏帽子山 最福寺 ) 宗旨は 宗派は 単立 、ご本尊は 不動明王、
江の島は、欽明天皇13年(552年?)に海底より隆起して生まれたとされ(江嶋縁起)。弘仁5年(814年)には弘法大師空海が岩屋に参拝し社殿を創建したとのを起源とする神仏習合の金亀山与願寺があった。しかし、明治維新期の廃仏毀釈や神仏分離令により、与願寺の神道部分は江島神社となって存続する一方で、寺は廃され僧侶は全員僧籍を離れて神職となった。
江の島大師は、島から仏教寺院がなくなって百数十年を経た1993年(平成5年)、1964年(昭和39年)に廃業した旅館「江の島館」跡地に、最福寺 (鹿児島市)の 関東別院として創建された。本尊は不動明王で、室内にある像としては国内最大の高さ6mの威容を誇り、赤不動とよばれている、公式の寺伝では室町時代の創立とするが、現在の 最福寺は1988年に宗教法人として設立され、1989年(平成元年)に現在の住職でもある池口恵観により事実上新設された寺である。本尊の不動明王立像は 京仏師・田中文哉の作。松本明慶作の全高18.5メートルの 木造大弁才天像 を大仏殿に備える。
ただし、単立の最福寺の他に「最福寺」があり(つまり、2つ「最福寺」を名乗る寺院が存在する)、池口が「法主」と名乗る場合は、高野山 真言宗系 の 最福寺 ではない。また、江の島大師も単立である。


幼い頃から守って頂いてます

素晴らしい直書き御朱印
江の島大師で祭壇に上がらせ頂いて真言を唱えさせて頂いたショート動画ですよろしければご覧下さい
https://youtube.com/shorts/AB7tzesKgwI?feature=share

仁王様に邪気を祓って頂きました



21.08.24 江の島「最福寺別院 江乃島大師」 _ 藤沢市江の島

これまで 何となくアレだったけど、今回は勇気を出して!? 門から入ってみた。
J01-1) ’ 最福寺別院 江乃島大師(江の島大師) ’ _ 藤沢市江の島
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J01-2) 向かって左の門柱 ” 高野山真言宗 最福寺別院 ”
と書いてあるが・・・
・・・高野山真言宗教団 檀徒ではないのかもしれなくて?
鹿児島の密教系単立寺院 最福寺の別院なのかもしれない。
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江の島大師は、神奈川県藤沢市江の島にある単立の寺院。本尊は不動明王。
江の島には古来、神仏習合の金亀山与願寺という寺があり、814年には弘法大師空海が岩屋に参拝し堂宇を建てたと言われ、鎌倉期には源頼朝が弁財天を勧請し、江戸期には弁財天信仰の流行で多くの庶民が参詣していた。
ただ、明治期に入り神仏分離令で与願寺の神道部分は「江島神社」として存続し、仏教部分は廃仏毀釈で破壊された。この後、江の島には100年以上寺院が存在しなかったが、1993年に旅館「江の島館」の廃業跡地に鹿児島市の最福寺が関東別院を創建したのが当寺である。
本尊の不動明王は、室内仏像としては日本最大の高さ6mを誇り、「赤不動」とも呼ばれている。
当寺は、江島神社の「中津宮」と「奥津宮」の間の参道脇にあり、建物は現代コンクリ建物風で寺院のようには見えないが、入口から仏像が数体あるので寺院と分かる。
人通りの多い江島神社の参道脇にあることもあり、自分もそうだが、よく分からなくても参拝しに来る人がけっこういた。堂宇の中では、護摩などが焚かれているせいなのか、室内が燻される感じで良い雰囲気だった。
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