かくおんじ|真言宗泉涌寺派|鷲峰山
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長文になりますが、気長にお読みください。
6月8日に事前に予約しておいた鎌倉覚園寺の後醍醐院法躰御木像特別開帳のため、覚園寺を参拝させていただきました。天気は曇りがちでしたが湿気が多くてやや蒸し暑く感じられる中初めて安置されている愛染堂に入堂させてもらいました。愛染堂は元々覚園寺の近く(現在は覚園寺駐車場)にあった大楽寺の本堂でありましたが、明治の廃仏毀釈の影響で廃寺となり、本堂と安置されていた仏像は覚園寺に移転してきたとの事です。内陣は大楽寺本堂の建材を用いていて昭和に愛染堂を拡張増築したと説明がありました。
後醍醐院の木像は、修理のため1年間ご不在となる愛染明王像の台座に厨子の中に納められて安置されていました。後醍醐院像は高村光雲作と伝えられ、像自体に銘は刻んではおりませんが光雲自筆の書が木像と共にあったとのことです。

#覚園寺
ご本尊は薬師如来。古都鎌倉十三佛霊場の札所としての札所本尊はアシュク如来。
#阿閦如来
アミダ如来が極楽浄土を主宰することはよく知られるが、アシュク如来も東方妙喜国を司るとされる。しばしば薬師如来と同一視されるのは、薬師如来の浄土は東方浄瑠璃世界といい、東の果てに仏国土を構える点が共通するかららしい。
1冊だけ、アシュク如来が悟りを開くと決意した、スタート地点が妙喜国だと書いてあった。何でも、比丘(びく)だった頃に大日如来の説法に触れて感銘を受けたとのこと。
密教は時期的に初期・中期・後期の3つに分けられる。そのうち日本へ伝わったのは中期密教までで、ちょうどこの頃の本尊が大日如来だった。後期密教だと、一時アシュク如来が政権を握ったそうだ。後期密教を受容したチベットだと、いちばん深い崇敬を受けているらしい。
ただ、曼荼羅図典によればアシュク如来自身は密教が成立するよりも前から信仰されていて、法華経や維摩経などにも登場すると。僕は原文を見ていない。


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