らいこうじ
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来迎寺(材木座)のお参りの記録(1回目)
投稿日:2021年03月14日(日)
参拝:2020年2月吉日
来迎寺(らいこうじ)は、鎌倉市材木座にある時宗の寺院。山号は随我山。本尊は阿弥陀如来。鎌倉三十三観音14番札所。札所本尊は子育観世音。
鎌倉初期の1194年に源頼朝が、頼朝のために戦死した三浦荘の豪族・三浦大介義明の霊を弔うために、三浦大介の念持仏・阿弥陀如来と観世音菩薩を奉安して真言宗能蔵寺を創建した。その後三浦一族の庇護により栄えたが、一遍上人の影響で音阿上人が中興開山となって時宗に改め、寺名も来迎寺と称した。当時より堂宇は現在地裏の山頂にあったが、見晴しが良い代わりに空上から目立つため、太平洋戦争中に軍に指示により取り壊された。
当寺は、鎌倉駅の南南東1kmほどの場所にあり、南北に走る小町大路から東に数百m入った静かな住宅街にある。境内はそこそこ広いがほとんどが墓地なので、参拝者が見て廻れるエリアは広くない。
参拝時は週末の午前中で、鎌倉観音巡りをしていると思しき人が数人いた。
※鎌倉強化合宿2日目午前中、延命寺(鎌倉11番)、教恩寺(鎌倉12番)、別願寺(鎌倉13番)、安養院(鎌倉3番)、八雲神社に続く6寺社目。
鎌倉初期の1194年に源頼朝が、頼朝のために戦死した三浦荘の豪族・三浦大介義明の霊を弔うために、三浦大介の念持仏・阿弥陀如来と観世音菩薩を奉安して真言宗能蔵寺を創建した。その後三浦一族の庇護により栄えたが、一遍上人の影響で音阿上人が中興開山となって時宗に改め、寺名も来迎寺と称した。当時より堂宇は現在地裏の山頂にあったが、見晴しが良い代わりに空上から目立つため、太平洋戦争中に軍に指示により取り壊された。
当寺は、鎌倉駅の南南東1kmほどの場所にあり、南北に走る小町大路から東に数百m入った静かな住宅街にある。境内はそこそこ広いがほとんどが墓地なので、参拝者が見て廻れるエリアは広くない。
参拝時は週末の午前中で、鎌倉観音巡りをしていると思しき人が数人いた。
※鎌倉強化合宿2日目午前中、延命寺(鎌倉11番)、教恩寺(鎌倉12番)、別願寺(鎌倉13番)、安養院(鎌倉3番)、八雲神社に続く6寺社目。
寺院入口。古い寺号標と<三浦大介義明之墓>という石碑が立っている。
(境内入口?)
(境内入口?)
前に進むと、再び寺院入口。
本堂。
本堂には扁額はなし。代わりに<関東三十三観音のお詠歌>が掲げられている。
ふたたび本堂。左側が事務所兼住宅で、御朱印はこちら。
すてき
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