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くじょうじ|日蓮宗光円山

久成寺の御由緒・歴史

神奈川県 富士見町駅

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創建時代1520年(永正17年)
開山・開基開山:日舜 / 開基:梅田尾張守秀長
ご由緒

玉縄城址の南側、
藤沢市渡内(わたうち)と鎌倉市植木との境近くに日蓮宗光円山久成寺がある。
永正17七年(1520)に尾張守 梅田秀長が土地を寄進して、
日瞬を開山として建立したとされます。
梅田秀長は、小田原北条氏(後北条氏)の家臣で玉縄城の武将。

もとは身延山久遠寺の末寺。
文政5年(1822年)火災で焼けた後に再建して、
日蓮宗開宗750年を機に平成15年(2003)新築され
現在は新しい屋根に葵の紋を擁す本堂 と 庫裡。 
境内参道階段も近年に改修されました。

3代将軍実朝を討った、公暁を斬った長尾定景一族の墓と伝えられる石塔がある。
横浜市内にある定景にゆかりのある長尾城址より、
昭和32年に ここに移されたものであるそうです。

長尾定景は、長尾景虎(上杉謙信)の祖先とされています。
頼朝との ” 石橋山合戦 ” に平氏側として出陣し捕らえられたが、
助命され源氏側の武将となったとされております。
しかし老齢になった頃に公卿を斬る役を命じられ、
源氏の血を絶つ実行者となった数奇な運命を辿ったとされています。

徳川家康が小田原出陣の途中に立ち寄ったという伝えがあり
、天正19年(1591)には家康より寺領の寄進を受けている。
家康は鷹狩りの折にも立ち寄り「葵の紋」入りの弁当箱を授けたそうで、
行厨(こうちゅう)あるいは破子(わりご)と称し
久成寺の寺宝となっています。

他にも、徳川五代将軍綱吉の朱印状が残されています。

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