臨済宗建長寺派
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神奈川県 鎌倉市 山ノ内101に境内を構える、蓮莱山 龍峰院、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、2024 鎌倉三十三ヶ所観音霊場巡礼にて参拝致しました、山門には「不許拝観」の札が掲げられているように非公開とされていますが、鎌倉三十三ヶ所観音霊場の巡礼時は入る事が出来ます、鎌倉五山 第一位 でも在る、建長寺 塔頭寺院で対応も親切、丁寧な寺院様でした、龍峰院の拝観料は有りませんが 建長寺の拝観料(大人500円/ 小中学生200円)は境内に入るので有ります、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 蓮莱山、院号は 龍峰院、宗旨 宗派は 臨済宗 建長寺派、ご本尊は 宝冠釈迦如来、鎌倉三十三ヶ所観音霊場 第二十九番札所(聖観世音菩薩)
建長寺の塔頭で、蓬莱山 龍峰院は、建長寺第十五世・約翁徳倹の退居所として徳治二年(1307年)に 北条貞時により創建され、蘭渓道隆・直系の 建長寺主流派・大覚派の拠点となりました。約翁徳倹は、鎌倉では建長寺を始め 東勝寺・禅興寺・浄明寺、京都では 建仁寺の住持を務め、最後は「五山の上」京都 南禅寺に住して示寂しました。その為、南禅寺・牧護庵も約翁徳倹の塔所とされています。諡号には、生前に 後醍醐天皇より特賜された「仏燈国師」と、死後に賜った「仏燈大光国師」があります。建長寺の歴史ですが、建長寺が建てられる以前、この地は〝地獄谷〟とよばれ、罪人の処刑場になっていました。延宝六年(1678)の「建長寺 境内図」に〝地獄谷埋残〟〝わめき十王像〟など記されていて、地獄谷が後世まで伝承されていたことがわかります。この地には 地蔵菩薩坐像を本尊とする伽羅出陀山 心平寺がありました。この寺は、のちに衰えて地蔵堂だけのこっていましたが、北条時頼公が建長寺を開創するにおよび、巨福呂坂が開通したおり、堂はその直前まで存在しましたが、いまは 横浜の三渓園にあり、本尊の地蔵さんは、建長寺の仏殿に千体地蔵とともに安置されています。この本尊にまつわり〝済田地蔵〟の話が有名です。無実の罪で斬首されようとした済田佐衛門金吾は、日ごろ信仰していた一寸八分の地蔵尊の身代わりで救われました。そのかわり、地蔵の背にはくっきりと刀傷がのこりました。左衛門は感謝して小像を心平地蔵の頭中におさめ、さらに 建長寺が創建されると、仏殿本尊の胎内に移しました。現在は玉塔に納まり別に安置されています





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