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楽しみ方正続院(円覚寺塔所)のお参りの記録一覧
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鎌倉の円覚寺塔頭、萬年山 正続院を訪れました。円覚寺の開山・無学祖元(仏光国師)の塔所であり、修行道場(専門道場)が置かれている極めて神聖な場所です。
修行の場であるため境内は非公開となっていましたが、門前からは室町時代に再建された貴重な国宝・舎利殿を遠くに仰ぎ見ることができました。鎌倉唯一の国宝建造物であるその姿は、周囲の木々の静寂と相まって、門の外からでも息を呑むような厳かな気品を放っています。源実朝公が宋から請来したとされる仏牙舎利が祀られたその聖域に向かい、門前で静かに手を合わせるひとときは、修行僧の方々が守り続ける伝統の重みを感じさせる、身の引き締まるような時間となりました。
参拝の証である御朱印は、円覚寺朱印所にて拝受しました。中央には「南無地蔵尊」の文字が、非常に力強く、かつ端正な筆致で記されています。背景には円形の精緻な朱印が鮮やかに押され、右上には「第二十二番札所」の印、左下には山号と寺号を記した「萬年山 正続院」の墨書きと角印がしっかりと刻まれていました。国宝舎利殿を仰いだ春の北鎌倉での尊い記憶を、美しい墨跡とともに持ち帰ることができました。
門越しに拝した舎利殿の荘厳さと、凛とした「南無地蔵尊」の墨跡に触れ、円覚寺という大寺院の精神の中枢に触れたような、充実した参拝となりました。


神奈川県鎌倉市にある円覚寺の塔頭寺院のひとつで、正続院は円覚寺の開山である無学祖元(仏光国師)の塔所(開山塔)。
元々、ここは三代将軍源実朝が宋より請来した「仏舎利」を納めるために九代執権北条貞時が弘安8年(1285)に創建した祥勝院があったことから、舎利殿と呼ばれる。
開山である無学祖元は弘安9年(1286)9月3日に建長寺で示寂され、建長寺には塔所の「正続庵」が創設されたが、建武2年(1335)に後醍醐天皇の勅命を受けた夢窓疎石が円覚寺に移し、舎利殿を塔所とした。
当初の舎利殿は永禄6年(1563)の火災で焼失し、現在の舎利殿は西御門にあった尼寺太平寺の仏殿を移築したものであり、我が国最古の禅宗様建築物といわれ、国宝に指定されている。


24.11.03。臨済宗円覚寺派の大本山円覚寺の開山無学祖元(仏光国師)の塔所(開山塔)。
本尊 文殊菩薩
札所 鎌倉二十四地蔵尊霊場
第十三番(手引地蔵)
元は三代将軍源実朝が宋より請来した「仏舎利」を納めるために、九代執権北条貞時が1285年(弘安8年)に創建した祥勝院(仏舎利殿)があった場所。
無学祖元は、1286年(弘安9年)9月3日、建長寺で示寂。建長寺には塔所の「正続庵」が創設されたが、1335年(建武2年)、後醍醐天皇の勅命を受けた夢窓疎石が円覚寺に移し、舎利殿を塔所とした。
Webサイト「鎌倉手帳」より引用
境内にある「国宝 舎利殿」の特別公開に合わせて参詣。我が国最古の禅宗様建築物と言われるだけあり、質素ながらも威厳さのある佇まいに感動しました。
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鎌倉五山第二位で、臨済宗の総本山である円覚寺の塔頭寺院です。
円覚寺の開山である無学祖元の塔所で、元々は鎌倉幕府第九代執権の北条貞時が仏舎利を収めるべく建立した堂宇で、近くの建長寺に正続庵が建てられました。
その後、後醍醐天皇の代に勅命を受けた夢窓疎石が円覚寺に移しました。
元々の正続院は、現在の建長寺の塔頭寺院である正統庵です。
毎年、春と秋に国宝である円覚寺の舎利殿が特別公開されますが、こちらは開山堂であり、境内一帯は普段は修業道場となっております。
また鎌倉二十四地蔵尊霊場第13番外札所である手引地蔵が祀られています。
※今まで、円覚寺の項目で書き込みしましたが、正続院の境内に位置するところから再度UPさせていただきました。

JR横須賀線「北鎌倉駅」からすぐが山門の入口です。
この時期には、舎利殿の御朱印の他、洪鐘(国宝である鐘楼)とご本尊。法話と座禅体験向けの「功徳林」の御朱印が用意されています。(座禅体験は、先着予約が必要)


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