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ひえだいじんじゃ

日枝大神社の御由緒・歴史
神奈川県 川崎新町駅

ご祭神《合》天照皇大神,木花開耶姫命,大国主之命,豊受姫命,《主》大山咋命,《配》大山津見命
創建時代天暦二年(948)
ご由緒

 日枝大神社は皇紀1608年天暦二年戌申(西暦948年三月中日)人皇六十二代村上天皇の御代京都比叡山坂本山山王権現(日吉神社)の御分霊を勧請したもので、山王権現と号し比叡宮と称しました。
 始めは小田村の西隅に社殿がありましたが、いつの頃からか(不明)現在の処に遷座されたといわれます。旧跡地には有名な銀杏の神木があって大正時代まで残っていたとのことです。
 旧幕(江戸時代)の頃御朱印地拾石で、隣村下新田村(現浅田町)菅沢村(現鶴見区菅沢町)等の総鎮守(氏神様)でした。
 大祭は四月中の申の日、御輿渡御の際は村内旧家十二人がいづれも馬に乗り、警個供奉して三ヶ村を巡幸しました。その行列は頗る古風を極めた物と言われます。
 明治維新までは、真言宗円能院が別当職でした。
 明治六年十二月、村社に列せられて社号も日枝大神社と改められ、大祭日は五月十五日と定められました。
 大正十三年三月十四日、神饌幣帛供進する神社に指定されました。
 昭和二十年四月十五日、太平洋戦争の戦禍に罹り氏子の九割と共に焼失いたしました。
 昭和二十四年五月十四日、本殿再建し、翌年五月仮拝殿建設。
 昭和三十一年四月十五日、現在の御社殿を復興完成いたしました。

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