せとじんじゃ
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楽しみ方瀬戸神社のお参りの記録(2回目)
投稿日:2026年06月08日(月) 21時09分35秒
参拝:2026年6月吉日
26.06.05。先の泥牛庵から徒歩6分。横浜市金沢区瀬戸の国道16号線沿いに鎮座。
御祭神
(主神)大山祇命
(配祀)須佐之男命 菅原道真公
創建年 治承4年(1180年)
社格等 旧郷社
例祭日 5月15日
【由緒・歴史】〜Wikipedia より引用〜
古代、現在の泥亀町から釜利谷東にわたる一帯は入江となっており、当社のある辺りの狭い水路によって平潟湾につながっていた。この水路は贖罪を流し去る神聖な場所として、海神が祀られるようになった。
境内やその周辺は縄文時代以来人類が生活していた場所で、「瀬戸神社旧境内地内遺跡」と呼ばれている。昭和62年(1987)以来の幾度かの発掘調査で、縄文海進期の波蝕台や縄文土器、古墳時代の土師器や貝塚、室町時代から江戸時代に至る貝塚や陶磁器、遺構などが発掘されている。
治承4年(1180)、源頼朝は伊豆で挙兵した際に加護をもらった伊豆三島明神(現:三嶋大社)をこの地に勧請し、社殿を建立した。これが今日に至る瀬戸神社の創建である。
ホトカミユーザーになりたての頃の2021年1月以来の参詣です。当時はあまり由緒等に特別な関心を抱いてなかったですが、現在は深く知りたい気持ちもあり、じっくり見ると当社の位置的な部分から実に歴史を感じさせられる事になり勉強になりました。本日は時節柄で多くの紫陽花が見られて癒されました。
御祭神
(主神)大山祇命
(配祀)須佐之男命 菅原道真公
創建年 治承4年(1180年)
社格等 旧郷社
例祭日 5月15日
【由緒・歴史】〜Wikipedia より引用〜
古代、現在の泥亀町から釜利谷東にわたる一帯は入江となっており、当社のある辺りの狭い水路によって平潟湾につながっていた。この水路は贖罪を流し去る神聖な場所として、海神が祀られるようになった。
境内やその周辺は縄文時代以来人類が生活していた場所で、「瀬戸神社旧境内地内遺跡」と呼ばれている。昭和62年(1987)以来の幾度かの発掘調査で、縄文海進期の波蝕台や縄文土器、古墳時代の土師器や貝塚、室町時代から江戸時代に至る貝塚や陶磁器、遺構などが発掘されている。
治承4年(1180)、源頼朝は伊豆で挙兵した際に加護をもらった伊豆三島明神(現:三嶋大社)をこの地に勧請し、社殿を建立した。これが今日に至る瀬戸神社の創建である。
ホトカミユーザーになりたての頃の2021年1月以来の参詣です。当時はあまり由緒等に特別な関心を抱いてなかったですが、現在は深く知りたい気持ちもあり、じっくり見ると当社の位置的な部分から実に歴史を感じさせられる事になり勉強になりました。本日は時節柄で多くの紫陽花が見られて癒されました。


御朱印帳購入(大判2000円)
こちらは後で気づいたのですが、普通ある社名表示が無しのレアケース(?)でした。※上に瀬戸神社、下に琵琶嶋神社このシンプルな絵が気に入り購入したのですが!
こちらは後で気づいたのですが、普通ある社名表示が無しのレアケース(?)でした。※上に瀬戸神社、下に琵琶嶋神社このシンプルな絵が気に入り購入したのですが!

外観
国道16号線のすぐそばの歩道から
国道16号線のすぐそばの歩道から

社号標

鳥居

社殿遠景

手水舎

手水鉢の上には紫陽花

狛犬(阿形)

(吽形)

拝殿

神額

拝殿正面

本殿




祖霊社



社殿右側↓
やぐら
やぐら

稲荷社

末社
↓
↓


社殿左側↓
末社
↓
末社
↓


菅原道真坐像(天神様)

青麻社
↓
↓


稲荷3社

↓


石燈籠

社務所
直書き御朱印(摂社・琵琶嶋神社含む)と御朱印帳を拝受しました。
直書き御朱印(摂社・琵琶嶋神社含む)と御朱印帳を拝受しました。
すてき
投稿者のプロフィール
こばけん1435投稿
2020年12月に西国33観音霊場の結願。過去の秩父34観音、坂東33観音と合わせて日本百観音霊場の結願成就。2021年から居住地の神奈川県内並びに東京都内の寺社巡りを始めました。移動は運転免許...もっと読む
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