ちょうしょうじ
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楽しみ方長昌寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年04月01日(水) 11時31分36秒
参拝:2026年3月吉日
26.03.27。横浜シーサイドライン「鳥浜駅」から徒歩約15分。横浜市金沢区冨岡東3丁目の閑静な住宅街にある臨済宗建長寺派の寺院。
《通称:芋観音》
山号 冨岡山
創建 天正2年(1574年)
開基 柳下豊後守
開山 仙渓僧才禅師
本尊 釈迦如来坐像
札所 横浜金澤七福神・布袋尊
【沿革】〜長昌寺HPより〜
天正2年(1574年)、北条氏(小田原北条氏)の家臣で冨岡を領した柳下豊後守が亡き妻(法名「桂窓長昌大姉」)の菩提を弔うために長昌庵を創建し、鎌倉禅興寺(現在は明月院)から仙渓僧才禅師を招いて開山となりました。(中略)
明治37年(1904年)には冨岡中部にあった西源禅庵が廃寺となり長昌寺に統合し、戦後、芋観世音菩薩を観音堂にお迎えし現在に至っております。
当寺のシンボルとも言える芋観音は今月8日に御開帳があったのは、ハマの「寺(テラ)」リスト さんの投稿で知っておりましたが、本日は金澤七福神として参拝に上りました。当寺についてはHPにしっかりと各所説明もあり、非常にありがたいと感じられました。
《通称:芋観音》
山号 冨岡山
創建 天正2年(1574年)
開基 柳下豊後守
開山 仙渓僧才禅師
本尊 釈迦如来坐像
札所 横浜金澤七福神・布袋尊
【沿革】〜長昌寺HPより〜
天正2年(1574年)、北条氏(小田原北条氏)の家臣で冨岡を領した柳下豊後守が亡き妻(法名「桂窓長昌大姉」)の菩提を弔うために長昌庵を創建し、鎌倉禅興寺(現在は明月院)から仙渓僧才禅師を招いて開山となりました。(中略)
明治37年(1904年)には冨岡中部にあった西源禅庵が廃寺となり長昌寺に統合し、戦後、芋観世音菩薩を観音堂にお迎えし現在に至っております。
当寺のシンボルとも言える芋観音は今月8日に御開帳があったのは、ハマの「寺(テラ)」リスト さんの投稿で知っておりましたが、本日は金澤七福神として参拝に上りました。当寺についてはHPにしっかりと各所説明もあり、非常にありがたいと感じられました。



良く出来ているリーフレットです。

表参道階段と山門
階段はかつて野口英世が勤務していた横浜開港検疫所の階段を移設したものです。
階段はかつて野口英世が勤務していた横浜開港検疫所の階段を移設したものです。

寺号標


↓

布袋尊石像
山門左脇に安置されてます。
山門左脇に安置されてます。


境内


本堂

扁額

内陣


ビャクシン
樹齢約700年
樹齢約700年

瑚林慶珊大姉墓所
江戸初期、冨岡村の地頭であった豊島刑部明重公の母親の墓所。
江戸初期、冨岡村の地頭であった豊島刑部明重公の母親の墓所。

観音堂の参道
寺院裏手側になります。
寺院裏手側になります。

標柱
当寺には直木賞で知られた「直木三十五」の墓所があります。
当寺には直木賞で知られた「直木三十五」の墓所があります。

狛犬(阿)
天保7年(1836)造立。
天保7年(1836)造立。

(吽)

芋観音水屋

芋観世音菩薩石像

水屋の右隣に
寺院の鎮守様かな!
寺院の鎮守様かな!


観音堂

扁額

内陣

↓

観音堂の左側にあります。

左隣は第89回直木賞受賞者の胡桃沢耕史の墓所です。
すてき
投稿者のプロフィール

こばけん1398投稿
2020年12月に西国33観音霊場の結願。過去の秩父34観音、坂東33観音と合わせて日本百観音霊場の結願成就。2021年から居住地の神奈川県内並びに東京都内の寺社巡りを始めました。移動は運転免許...もっと読む
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