れんしょうじ|浄土宗|菊名山
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楽しみ方蓮勝寺のお参りの記録一覧

浄土宗寺院の蓮勝寺は、菊名山喜楽院と号します。
正和4年(1315年)2月に、浄土宗十六祖師の一人蓮勝上人が浄土宗小机泉谷寺(横浜市港北区小机町256)の末寺として創建したと伝えられます。
開山直後は関東16庵室に数えられるほどであったが荒廃し、応永年間(1394~1428年)に喜楽和尚が字(あざ)宮谷(現在の横浜駅西側)から現在地へ移して中興しています。その際に喜楽和尚の号を採って喜楽院と名付けました。その後幾度か天災や地震に遭い、堂宇が荒廃したため、第20世暢譽上人の代に、地頭久志本氏の久志本左京常弍の外護を得て再建しました。また安政(1854~1860年)の台風、関東大震災[大正12年(1923年)]などに大破したが、修繕を経ている。
※参考にしたサイトは横浜市史稿(大正9年編纂開始、昭和初期に成立)
なお、蓮勝寺の毘沙門天王は、横浜七福神の毘沙門天となっています。













菊名駅から徒歩数分。
緑豊かな、春の香りを感じる寺院であった。
沈丁花、水仙、月桂樹の若葉。
残念ながら、現在、御朱印は中止との事。
早く、本当の意味でのコロナ沈静を祈願するのであった。
水仙の香 福を祈りし 毘沙門堂
沈丁花 惹きつけたるは 鐘楼か




毘沙門堂前の水仙の香りも良い。


もうツツジが咲いている



住職宅の前では、月桂樹の香り。やったね。こんばんはレトルトカレーだあ!

現在、御朱印は中止中。



沈丁花の香りが心を打つ

24.01.05。東急東横線「菊名駅」東口より徒歩5分。横浜市港北区5丁目の駅前商業地に近い所にある浄土宗の寺院。
《横浜七福神・毘沙門天》
山号 菊名山
院号 喜楽院
創建 正和4年(1315年)
開山 蓮勝上人
本尊 阿弥陀如来
【由緒】~本堂前由緒書きより~
当山は鎌倉時代、正和4年(1315)浄土宗第五祖蓮勝上人が諸人の幸せを祈願して開創された寺。本尊は阿弥陀如来。下境内の毘沙門堂(元禄3年建立)には運慶作¨日本三毘沙門¨として、又、霊験特に厄除け開運の効あらたかな毘沙門天を奉安。
横浜七福神巡り②として参拝。境内は二段になっており、下に毘沙門堂、上に本堂の構成で縦になっています。各所は手入れが行き届いており気持ちよく参詣できました。
御住職は現在、鎌倉市にある浄土宗大本山光明寺のご法主台下様です。


入り口

門前の《掲示板》

門柱

下境内


毘沙門堂
堂内は撮影禁止!

↓


毘沙門堂の左側に
↓


参道

石段手前左側に

上境内

左側に《鐘楼》

本堂
右側で直書きの御朱印を拝受。


上境内左側↓

仏足石碑

六地蔵

境内右側に
↓


墓地内↓
永代供養塔

歴代上人のお墓

墓地内より新横浜プリンスホテルが見えました。

2022新春七福神巡り(午後の部) その2
菊名池弁財天から東横線沿いに歩く事15分。
毘沙門天の札所の浄土宗寺院。ご本尊は阿弥陀如来です。
コロナ禍でお参りがどうなるかと心配しましたが、無事にご開帳されていました。
普段、中止になっていた御朱印も「七福神帰還」中は再開しておりました。
それ以降の対応はわかりません。



山門を入ってすぐ右手が「毘沙門天」のお堂です。


仏足石です。



さらに上がったところが本堂です。
地元の方をはじめ、多くの方が参拝しておりました。
本堂の右横で授与品をいただきました。

七福神を乗せる「お舟」。

「毘沙門天」のお姿です。

七福神の御朱印と共にご本尊の御朱印も併せていただきました。
なぜか日付が「1月1日」に。
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