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かさのぎいなりじんじゃ

笠䅣稲荷神社のお参りの記録一覧
神奈川県 神奈川新町駅

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こばけん
こばけん
2023年03月01日(水)1364投稿

23.02.23。京急本線「神奈川新町駅」より徒歩3分。横浜市神奈川区東神奈川2丁目の京急線路沿いに鎮座。
(かさのぎいなり〜)

御祭神 宇迦之魂命
    明治天皇
    日本武尊

創 建 天慶年間(938〜947)

社格等 旧村社

例祭日 8月9日に近い土・日

【由緒】神奈川県神社庁HPより
 天慶年間(938〜947)に、淳和天皇勅願所浦島院勧福寺の僧侶が隣域の山腹(稲荷山)に社殿を建立し、伏見稲荷大社の御分霊を勧請したことが創祀と伝えられ、同寺の守護神、付近一帯の産土神として崇敬を集めていました。文永11年、蒙古来寇の折りには、鎌倉の執権北条時宗が菊一の銘刀と神鈴を奉納して、国家の安泰を祈願しました。
 戦国時代に兵火に罹災してしまったものの、永禄2年に再興なって大祭を行い、元禄2年には稲荷山の中腹より山麓に遷座する運びとなりました。これより神威益々加わり、社前を通行する者の笠が自然と脱げて地に落ちたことから、「笠脱稲荷大明神」と称されるようになり、後に別当能満寺の阿闍梨が笠脱の一字を訂正し、禾に尊い皇を添えて「笠䅣稲荷大明神」と改称しました。

 社前にかなり頻繁に京急線の電車が通る立地にあるものの、境内に入ると古社らしい佇まいがある良い雰囲気の神社様でした。

笠䅣稲荷神社の御朱印
笠䅣稲荷神社のその他建物

第一京浜国道沿いにある
社号標

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あずにゃん
あずにゃん
2022年06月23日(木)96投稿

線路沿いに鎮座する稲荷神社。
ちょうど御朱印帳が終わってしまい、
購入して御朱印も拝受。
【ご由緒】
天慶年間(938-947)に、淳和天皇勅願所浦島院勧福寿寺の僧侶が隣域の山腹(稲荷山)に社殿を建立し、伏見稲荷大社の御分霊を勧請したことが創祀と伝えられ、同寺の守護神、附近一帯の産土神として崇敬を集めていました。文永十一年の蒙古来寇の折りには、鎌倉の執権北条時宗が菊一の銘刀と神鈴を奉納して、国家の安泰を祈願したと伝えられています。
戦国時代に兵火に罹災してしまったものの、永禄二年九月十九日に再興なって大祭を行ない、元禄二年九月十九日には稲荷山の中腹より山麓に遷座する運びとなりました。これより神威益々加わり、社前を通行する者の笠が自然と脱げて地に落ちたことから、「笠脱稲荷大明神」と称されるようになり、後に別当能満寺の阿闍梨が「笠脱」の一字を「䅣」と改め、「笠䅣稲荷大明神」と改称しました。
明治二年には旧社地が京浜間の鉄道敷設用地に接収されたため現在地に移り、更に霊験あらたかとなって、同十七年九月二十五日「村社」に列し、大正十年九月十七日「神饌幣帛供進社」に指定されました。
大正十二年の関東大震災により社殿が半壊に及び、昭和二十年五月二十九日の横浜大空襲には、社殿・神宝類の悉くを焼失する憂目を見たものの、終戦後いち早く仮社殿を再建しました。 昭和五十四年十二月一日に新しい形式の社殿が完成すると共に、厳かに遷座祭が斎行され、平成元年の「御社殿造営十周年記念大祭」には、社前に玉垣が完成するに至りました。(境内の掲示より)

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