(しぼう)せんげんじんじゃ
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楽しみ方(芝生)浅間神社のお参りの記録一覧(2ページ目)

この日はコノハナサクヤヒメ様にお参りしたい気分
まだ上がったことない横浜の浅間神社様へ
珍しい浅間造りのお社です。












横浜の地形はアップダウンが多くてナビに従って来ると変な所に案内されます。神社の裏手に案内され車では少し難しそうな細い道に行きつきました。近くのコインパーキングに停め神社に向かうことに。石段上にある大きな朱の二の鳥居に出ました。石段を下りて一の鳥居は後回しにして境内を散策。氏子さんらしき方がお掃除をしているところでした。この時期落ち葉が多いので大変そう。境内からは残念ながらランドマークタワーは見えませんでしたがなかなかの眺望。社務所兼自宅に赴き御朱印をお願いしましたが、あいにく宮司様は外出中で御朱印は戴けませんでした。こちらは三ツ沢公園の近くなので、これからもちょくちょく来る機会があるので、次回のお楽しみにしました。

石段下の一の鳥居

石段

社号標



立派な二の鳥居

三の鳥居

拝殿

扁額

本殿


京王年間に奉納された狛犬


神楽殿

獅子頭が鎮座していました

由緒書

境内社 稲荷社


境内社 招魂社


境内社 小嶽社

境内からの眺望


本殿の修繕工事も終わり浅間造りの見事な本殿をようやく見る事ができました✨
全国的にも珍しい浅間造りが横浜市と大田区と自宅から割と近い場所に二箇所もあることに感謝です😊
旧柴生しぼう村の鎮守:柴生浅間神社(浅間町1-19-10)は、承暦4年(1080)富士浅間神社の御分霊を奉祀したのが創始とされ、祭神「木花咲耶姫命」を安置。 明治41年(1908)浅間町字神明に鎮座の神明社(祭神:天照皇大神)、同字鹿島の鹿島社(祭神・武甕槌命)を合祀している。
旧東海道沿い・袖摺山と呼ばれた小高い丘に鎮座していますが、往時は横浜駅辺りから久保町にかけ東側が袖ヶ浦と呼ばれた内湾だった為、山裾まで波打ち際だったと云います。
参道口(東)に寛延4年(1751)造立「一ノ鳥居(靖国鳥居)」、文政11年(1829)建立「石燈籠」、日露戦争戦歿者の明治40年(1907)建立「義勇奉公碑」があります。




















ホトカミ公式の『横浜御朱印めぐり 中編』番外編
中々本編に辿り着きません(笑)
だって『篠原八幡大神』から『伊勢山皇大神宮』まではそれなりに距離があり、個人的に巡礼している『杉山神社』と『浅間神社』か多数鎮座されていますので、立ち寄らない訳にはいかないのであります…。
去年に既に参拝はしていた芝生浅間神社ですが、前回は宮司様体調不良の為に御朱印を頂くことが出来ませんでしたが、今回は書置きではありますが頂くことが出来ました!
併設されている幼稚園からの子供の声と、散りゆく桜が相反していた印象でした。
御朱印…書置き300円













浅間町の昔は、神奈川と保土ケ谷の間の宿、旧芝生村。埋立以前は、袖ヶ浦という美しい入江に面した帷子川の河口港で、米・薪炭などを運搬する中継点として栄えた。町名変更のとき、死亡に通ずるから…という珍意見も出たそうだが、とにかく「浅間町」に落ち着いた。
その名の由来が、村の鎮守で通称袖すり山の一角に鎮座まします浅間神社。社伝によると、源頼朝公の勧請によって造営されたとあり、すでに900年の歴史を刻んでいる。祭神は、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)で富士山頂の浅間神社を元宮とする。浅間造の本殿は富士山を象ったものだとか。
























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