むらとみじんじゃ
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楽しみ方村富神社のお参りの記録一覧

1/3 亀ケ池八幡宮を後に買い物後 ちょっと寄り道して「村富神社」にお参り。
こちらの神社は地域密着型みたいでお参りに来られた方は地元の方が多いみたいです。
無事にお参りを終わらせ社務所が開いてたので御朱印を頂こうとお話したら・・・・・・・。
「こちらでは配布していないので亀ケ池八幡宮で貰ってください。」・・・・・・・・・・・・えっ?????(´゚д゚`)
さっき立ち寄った時にはそんなのなかったような・・・・・・・・・(;´Д`)
っと言うことで次回 寄ってもらってこよう!!!!
コピペでごめんなさい。🙇
村富神社は、江戸時代前期の寛文年間(1661~1672年)に、江戸の商人である相模屋助右衛門が上矢部新田を開発した際に、その鎮守として創建された稲荷社が起源です。現在の社名である「村富神社」は、明治初期に「村が富むように」との願いを込めて名付けられたと伝えられています。








村富神社は江戸時代前期、商人の相模屋助右衛門が新田開発の成就を祈願して稲荷社を創建したことに始まります。
相模原市矢部から座間市相武台に抜ける県道507号線は通称「村富線」と呼ばれていますが、ここ村富神社が起点であることに由来しています。
昔は境内に巨大な松の御神木があり、津久井や神奈川へ通じる街道からよく見え道標になったことから、自然と「村富線」と呼ばれるようになったとも言われています。
現在、御鎮座350年記念事業の拝殿修繕工事が行われていますが、通常通り参拝できます。
御朱印は亀ヶ池八幡宮で拝受できます。

一の鳥居と社名塔

手水舎

参道

二の鳥居

村社碑と説明看板

手水舎(2つ目)

白狐


令和5年内に完了予定との事でしたが、まだ工事中でした。


本殿

神楽殿

礼舎

祖神社(相模屋助右衛門大人命)

江戸の豪商であった相模屋助右衛門は、しばしばこの地で馬の荷を降ろし、しばらく逗留することもあったといいます。そこで「ここに宿場があれば旅人も助かるだろう」と考え、新田開発を決意。開発の成功を願い神社を建立しました。開発は無事進み、周辺は旅人の宿泊場所として利用されたといいます。


「立村三百年記念」

「平和記念碑」

「明治三十七年記念」

「名跡鎌倉街道見透之松」
かつてここに「見透しの松」と呼ばれる巨松がありましたが、大正15年(1926)に台風によって倒壊してしまったそうです。相模原民話伝説集に伝わる場所でもあり、息をとめて松の幹の周りを7周まわると白蛇が見えたといいます。松は根元が空洞となっており、大蛇のために空洞にお供えをする村人もいたそうです。

「立村二百六十年記念碑」

山の神(大山咋命)

向かって左が蚕影様の祠、右が山神様の祠になります。

「大震災記念植樹」

「力くらべ石」

八坂社

御輿庫および獅子堂

三の鳥居

扁額

少しですが咲いていました✿


「仲好地蔵尊」
三の鳥居横の端のほうにひっそりと祀られていました。小さい六地蔵様が可愛らしいです。

「地蔵堂」
脇参道の入口にあります。ちなみに、こちらの地蔵堂の正面に駐車場があります。

「龍神様」
こちらも脇参道にあります。龍神道祖神、馬頭観世音、金神、水神などの石碑がありました。

工事はもう少しかかりそうですね。

「地神塔」
一の鳥居を入ってすぐ横に鎮座されています。

「相模原市保存樹木のマツ」
一の鳥居前にあります。御神木といわれてもおかしくないくらい、とても立派でした。

今年に入って
初めての参拝になります。
新年のご挨拶😊





境内社 祖神社



立村260年 記念碑


境内社 竜神道祖神社

村富神社 六地蔵

境内社 竜神道祖神社



山の神 鳥居(石像)
山神神社・蚕影さま神社
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