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楽しみ方深見神社のお参りの記録一覧
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今日最後は、大和の深見神社へ!⛩️
楽しみにしていました!
実際に来てみると、、スーんとします。。。
大鳥居⛩️を抜けて、狛犬に迎えられて、なんだか空気感が違います。。。
鳥居を抜けて、反時計回りに進むと、御本殿が待っていました〜♥
おお〜。
ココロがすーっとします。。。
御本殿を前に、いつものお願い事です。
好きな人が元気になって、ずっと元気でいれますように!!
今日は必ず願い事聞いてくださいね。
よろしくお願いします(-人-)。。。
御朱印ももちろんいただきます。
おお〜。
素敵な書体です〜✨✨
好きです〜✨
ステキな空間を、しばらくウロチョロして、後にします。
帰ったら報告です!♥
大丈夫だったかな。
とても気になる事がありますが、きっと大丈夫なハズです!😊
信じて家に帰ります〜。
今日もありがとうございました!!
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深見神社は、神奈川県大和市にある神社。式内社で、旧社格は郷社。
『総国風土記』によると、創建は雄略天皇22年(478年)で、当社の主祭神は闇龗神(くらおかみ)との記載がある。ただ何らかの経緯で闇龗神は祭神から外れ、境内社・御倉稲荷神社の祭神となっている。社伝では、東国平定の武甕槌神(たけみかづち)が舟師を率いて常陸鹿島より深海(当地;当時は相模湾岸)に進軍し、伊弉諾(いざなぎ)の御子である倉稲魂神(うかのみたま)と闇龗神が当地を治め美田を拓いたとしている。つまり主祭神は武甕槌神とし、事実江戸時代までは「鹿島社」と文献に記述された。平安時代927年の『延喜式神名帳』に記載のある「相模国高座郡 深見神社」に比定される。
古来、地元土民の信仰を受けてきたが、源頼朝、小田原北条氏、武田信玄、太田道灌など武家からも崇敬を受けた。徳川幕府の旗本・坂本重安は大坂の陣の折の武運長久を祈願し田を寄進したが、「鹿島田」として今に残っている。爾後坂本家は当地の領主となり、重安の養子で寺社奉行までなった坂本重治は、当社社殿を造営し、「相模國十三座之内深見神社」と記した社号標を建てている。
明治時代に入り郷社に列したが、1876年の火災により、社殿や古文書がすべて焼失、公称社格も不詳となる。1909年に末社の諏訪神社と合併、祭神の「建御名方神」を当社に同列で合祀(相殿)、66年後の1941年に現在地に社殿等が再建され、郷社に復帰した。2012年に境内社・御倉稲荷神社の祭神であり、延喜式神名帳に搭載される闇龗神を、本殿に合祀した。
当社は、相鉄本線・相模駅、小田急江ノ島線・相模駅、の東方1kmの、相鉄線の線路沿いの住宅街にある。境内は木々に囲まれ本社社殿と摂末社数社の、郷社クラスの広さ。木々を切り落とした広い駐車場を合わせるとけっこう広い。
今回は、相模国の式内社の1つということで参拝することに。参拝時は週末の午前9時ごろで、境内は清掃の真っ最中、他の参拝客はちらほら程度だった。
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