御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方
【サポーター特典】幸せと健康を毎月ご祈願
100年後に神社お寺を残せる未来へ

えちじんじゃ

依知神社
神奈川県 下溝駅

パーキング
駐車場
-
御朱印について御朱印
-
ありません

おすすめの投稿

ひなぎく
ひなぎく
2025年08月14日(木)874投稿

厚木市上依知北端の相模川沿岸に鎮座していてます。江戸時代までは『赤城大明神』と呼ばれ、広大な社地を有する依知郷の郷社でした。現在は厚木市と相模原市を結ぶ昭和橋の開通により境内が道路で分断され、大変こじんまりとしています。
また、この辺りで赤城の神が祀られるのは珍しいなと思ったんですが、その由縁はちゃんと口承で残っていて平将門公がかかわっていました。

以下、由緒沿革。
『縄文時代の往古より遠い先祖は、磐筒男命を祭神に依知神社を創建し、郷土の開発に尽力して来ました。

平安時代中頃のこと、平将門公が関東平定の節、依知神社に参拝しました。ちょうど相模川が氾濫したあとで、土手は崩れ、田畑は泥沼となり村人は途方に暮れていました。将門はその様子を見ると、復興の手助けをしたいと考え、赤城山の神馬を献上しました。馬の目覚ましい働きで復興は順調に進みました。喜んだ村人は、平将門と赤城山の神馬を神社に祀り社殿を再建して「赤城大明神」としました。

時代は下って鎌倉時代、源頼朝公は当社の沿革由緒に深く感銘し、広大な土地を神社に寄進しました。続いてその子源頼家公は、神社の建物を再建し、その記念として境内にイチョウの木を寄進されたといい、現在、市の天然記念物になっています。

天正19年(1591)徳川家康公は、由緒経緯と氏子の誠意に深く感動され御朱印壱石を下賜されました。以来、依知郷の郷社として祭礼も盛大に行われたと伝承されています。

明治4年広大な社領は維新の大改革により上地となり、同27年7月19日に依知神社として社号を改称し現在にいたっています。』

(参考・参照)
・神奈川県神社誌
・語り継ぐふるさと〜厚木の口承文芸

もっと読む
投稿をもっと見る|
3

依知神社の基本情報

名称依知神社
読み方えちじんじゃ
通称赤城大明神

詳細情報

ご祭神《主》磐筒之男命
「みんなでつくる御朱印・神社お寺の検索サイト」という性質上、掲載されている情報の正確性は保証されませんので、必ず事前にご確認の上ご利用ください。
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!

この神社の神主様へ

公式アカウント(無料)にご登録いただくと、

ご自身の神社の情報を編集することができます。

無料登録して、参拝者が必要な情報を直接伝えてみませんか?

詳しくはこちら

ホトカミのデータについて

ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。

ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy andTerms of Service apply.

御朱印背景
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!
行きたい
行った
お問い合わせ

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ