おおぬまじんじゃ
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楽しみ方大沼神社のお参りの記録一覧

大沼神社様に初めてお参りさせて頂きました。
住宅街の中にある神社様です。地元の方が多く参拝されていました。

神社様の入り口を撮影しました

鳥居の後ろに最初の狛犬がいます

拝殿に向かうと2つ目の狛犬がいます
奥に拝殿が見えます

拝殿脇に摂社があり、3つ目の狛犬がいます。

手水舎です

御神木です

創建は元文元年(1736)、新田への入植者によって祀られ、かつては「大沼弁財天」と呼ばれていました。
この地域は昔、大きい沼、小さい沼、池や水溜まりが沢山あり、その中の“大沼“が相模大野駅方面に流れる深堀川の源流で、地名としても残ったのだそう。昭和40年に沼の土地を不動産業者に売却することとなり、沼は埋め立てられ、現在に至っているそうです。
社殿の周りは堀が巡らしてありますが、お水はほぼありませんでした。私が参った時にはちょうど境内のお掃除と注連縄の張替えをしていたので、お邪魔にならないよう参拝させていただきました。
御朱印は、亀ヶ池八幡宮で拝受することができます。




こちらの神社、境内社を入れると計8体の狛犬さんがいます。



手水舎




注連縄の張替えをされていました。参拝時に拝殿の中を覗くと、秋葉さまもお祀りされていました。

本殿


お堀

本殿の裏付近に少しお水がありました。

八坂神社

この辺りには静岡県焼津市と同じ、日本武尊の火攻めの伝説が残っているそうです。なので秋葉大神様が一緒に祀られているようです。

水田記念碑



その名のとおり昭和30年代までは神社の裏手に水をたたえた「大沼」がありましたが、現在では埋め立てられて住宅地となっています。
元禄12年(1699)、淵野辺村と木曽村(町田市)の村人により、この沼周辺の新田開発がはじまりました。いわゆる「大沼新田」です。その新田村の鎮守として享保21年(1736)に勧請されたのがこの大沼神社です。ただし、当時は「大沼弁財天」と呼ばれており、現在でも神社を囲む堀にかかる「弁天橋」のたもとには、文政10年(1827)に造られた「辨財天」の石塔が立っています。これが大沼神社と改称されたのは明治4年のことです。
さて、この神社で起きたとされる珍事を紹介しましょう。安政4年(1857)の夏、大暴風により境内の樹木が何本か倒れてしまったため、これを伐採して売りに出すことになりました。ところが、いざ伐採をはじめるとたちまち地鳴りが響きわたり、倒れていた大木がむくむくと起きあがり、もとの通りに立ってしまったといくのです。この不思議な出来事は大評判になり、境内は参詣者が絶えなかったといわれています。
御朱印は亀が池八幡宮でいただけます。












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