しゅっしゃかじ
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出釋迦寺ではいただけません
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出釋迦寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2023年06月11日(日)
参拝:2023年5月吉日
【我拝師山(がはいしざん) 求聞持院(ぐもんじいん )出釈迦寺(しゅっしゃかじ)】
本尊:釈迦如来
宗派:真言宗御室派
開基:弘法大師
出釈迦寺の開基には、弘法大師(774-835)の幼少期の数ある伝説のひとつ「捨身ヶ嶽」縁起にゆかりがある。大師は、成人になって幼少期の願いが成就された思い出の霊験の山に再度登り、釈迦如来が現われた山を「我拝師山」と名づけ、その山に出釈迦寺を建立し、釈迦如来の尊像を刻んで本尊としたという。この場所は「捨身ヶ嶽禅定」といわれ元は札所だったが、今は出釈迦寺の奥之院となっている。弘法大師が「虚空蔵求聞持法」を修めたことから院号は「求聞持院」としている。(虚空蔵求聞持法:虚空蔵菩薩の真言「のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか」を1日1万回ずつ100日かけて100万回唱えるという修行法)
本尊:釈迦如来
宗派:真言宗御室派
開基:弘法大師
出釈迦寺の開基には、弘法大師(774-835)の幼少期の数ある伝説のひとつ「捨身ヶ嶽」縁起にゆかりがある。大師は、成人になって幼少期の願いが成就された思い出の霊験の山に再度登り、釈迦如来が現われた山を「我拝師山」と名づけ、その山に出釈迦寺を建立し、釈迦如来の尊像を刻んで本尊としたという。この場所は「捨身ヶ嶽禅定」といわれ元は札所だったが、今は出釈迦寺の奥之院となっている。弘法大師が「虚空蔵求聞持法」を修めたことから院号は「求聞持院」としている。(虚空蔵求聞持法:虚空蔵菩薩の真言「のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか」を1日1万回ずつ100日かけて100万回唱えるという修行法)
【73_修行大師像】
【73_捨身ヶ嶽】
「捨身ヶ嶽」は、弘法大師が7歳の時「願いが叶うなら釈迦如来よ、姿を現したまえ」と、断崖絶壁から身を投げた場所。その時、釈迦如来と天女が舞い降り、紫雲の中で大師を抱きとめたとされる。(四国霊場開創1200年記念絵はがき)
「捨身ヶ嶽」は、弘法大師が7歳の時「願いが叶うなら釈迦如来よ、姿を現したまえ」と、断崖絶壁から身を投げた場所。その時、釈迦如来と天女が舞い降り、紫雲の中で大師を抱きとめたとされる。(四国霊場開創1200年記念絵はがき)
【73_捨身ヶ嶽(しゃしんがだけ)】
山門をくぐると、大師が身を投げた逸話が描かれた絵がある。
山門をくぐると、大師が身を投げた逸話が描かれた絵がある。
【73_本堂】
【73_大師堂】
【73_山門】
【73_龍の手水舎】
【73_求聞持大師】
【73_幸福の鐘】
奥之院の鐘は、「天空の鐘」と呼ばれている。
奥之院の鐘は、「天空の鐘」と呼ばれている。
【73_捨身ヶ嶽遥拝所】
捨身ヶ嶽禅定まで登れなくても、ここでご念仏を唱え、祈願すれば同じぐらいのご利益があるといわれる。
捨身ヶ嶽禅定まで登れなくても、ここでご念仏を唱え、祈願すれば同じぐらいのご利益があるといわれる。
【73_捨身ヶ嶽禅定 入口(出釈迦寺奥之院)】
【73_御神木ひのき(出釈迦寺奥之院)】
捨身ヶ嶽禅定の参道(世坂(よさか))の途中にある。
捨身ヶ嶽禅定の参道(世坂(よさか))の途中にある。
【73_柳の水(出釈迦寺奥之院)】
弘法大師加持水。捨身ヶ嶽禅定の参道(世坂(よさか))の途中にある。
弘法大師加持水。捨身ヶ嶽禅定の参道(世坂(よさか))の途中にある。
【73_山門(出釈迦寺奥之院)】
【73_根本御堂(ねもとみどう)(出釈迦寺奥之院)】
【73_天空の鐘(出釈迦寺奥之院)】
【73_釈迦如来(出釈迦寺奥之院)】
【73_御行場入口(出釈迦寺奥之院)】
根本御堂の右下の通路をくぐる。
根本御堂の右下の通路をくぐる。
【73_岩倉大師(出釈迦寺奥之院)】
根本御堂の裏には小さな洞窟があり岩倉大師が祀られている。
根本御堂の裏には小さな洞窟があり岩倉大師が祀られている。
【73_行場の崖(出釈迦寺奥之院)】
根本御堂の裏からみた行場。
根本御堂の裏からみた行場。
【73_行場の鎖(出釈迦寺奥之院)】
【73_稚児大師石像(出釈迦寺奥之院)】
鎖場を越え岩場を約100m登ると稚児大師石像がある。
鎖場を越え岩場を約100m登ると稚児大師石像がある。
【73_捨身誓願之聖地(出釈迦寺奥之院)】
【73_捨身ヶ嶽禅定参道からの眺め(出釈迦寺奥之院)】
【73_七段花(しちだんか)(出釈迦寺奥之院)】
七段花は江戸時代に来日したオランダ人の医師シーボルトが「日本植物誌」で紹介して以来、日本人の誰もがその実物を見たものがなく「幻の花」と呼ばれて長い間探し続けられていた。1959(昭和34)年、約130年ぶりに六甲山(神戸)で見つかり「神戸市立森林植物園」などが栽培を続けている。捨身ヶ嶽禅定の参道に植栽されている。
七段花は江戸時代に来日したオランダ人の医師シーボルトが「日本植物誌」で紹介して以来、日本人の誰もがその実物を見たものがなく「幻の花」と呼ばれて長い間探し続けられていた。1959(昭和34)年、約130年ぶりに六甲山(神戸)で見つかり「神戸市立森林植物園」などが栽培を続けている。捨身ヶ嶽禅定の参道に植栽されている。
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