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どうりゅうじ|真言宗醍醐派桑多山(そうたざん)

道隆寺

公式香川県 多度津駅

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0877-32-3577

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

山門前、境内の後ろ(無料)

巡礼

四国八十八ヶ所霊場(お遍路)
四国八十八箇所77番
七ヶ所まいり・寿老人

ご利益

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shin-ta
2020年03月18日(水)
98投稿

四国八十八カ所 77番札所。
七カ所参り 寿老人。

目なおし薬師として眼病にご利益があると信仰されています。
また、本堂を取り巻くように小さな祠が点在しています。

札所と寿老人の御朱印、大師納経を頂きました。

道隆寺の御朱印

札所の御朱印

道隆寺の御朱印

大師納経

道隆寺の御朱印

寿老人の御朱印

道隆寺の山門

山門

道隆寺の本殿

山門から見た本堂 
観音さまがずらっと並んでいます

道隆寺の本殿

本堂

道隆寺の本殿

大師堂

道隆寺の建物その他

潜徳院殿堂(目なおし観音)

道隆寺の像

寿老人

道隆寺の手水

手水舎 後ろに納経所

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歴史

仁王門をくぐると、ブロンズの観音さんがずらりと並んで迎えてくれる。創建ころのこの付近一帯は広大な桑園で、絹の生産地であったようである。縁起によると、和銅5年、この地方の領主、和気道隆公が桑の大木を切り、小さな薬師如来像を彫造し、草堂を建てたのが寺の初めといわれる。道隆公は、周囲5メートル近い桑の大木が、夜ごと妖しい光を放っているのを見た。この光を怪しみ矢を射ると、女の悲鳴があり、乳母が倒れて死んでいた。嘆き悲しんだ道隆公は、その桑の木で仏像を彫り、草堂に安置して供養する。
大同2年(807)、道隆公の子・朝祐公は唐から帰朝した弘法大師に懇願し、弘法大師自ら90センチほどの薬師如来像を彫造、その胎内に父・道隆公の像を納めて本尊とした。
朝祐公は大師から授戒をうけて第2世住職となり、先祖伝来の財産を寺の造営にあてて七堂伽藍を建立、寺名は創建した父の名から「道隆寺」と号した。第3世は弘法大師の実弟にあたる真雅僧正(法光大師)が嗣ついで二十三坊を建立し、第四世の円珍(智証大師)は五大明王、聖観世音菩薩像を彫造して護摩堂を建立、次の第5世聖宝(理源大師)の代には「宝祚祈願所」となっている。高僧が相次いで寺勢は栄えたが、貞元年間(976〜78)の大地震による堂塔の倒壊や、康平3年(1060)の兵火、また「天正の兵火」に遭うなど興亡をくり返しながらも、法灯を守り続けている。

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道隆寺の基本情報

住所香川県仲多度郡多度津町北鴨1-3-30
行き方

多度津駅より (1.2km)
76【金倉寺】より
(自家用車)約10分 約5km
(徒歩)約1時間 約3.9km
78【郷照寺】より
(自家用車)約15分 約8km
(徒歩)約1時間50分 約7.1km

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名称道隆寺
読み方どうりゅうじ
参拝時間

7:00~17:00

御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号0877-32-3577
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご本尊薬師如来
山号桑多山(そうたざん)
院号明王院(みょうおういん)
宗旨・宗派真言宗醍醐派
創建時代和銅5年(712)
開山・開基和気道隆
札所など

四国八十八箇所77番
七ヶ所まいり・寿老人

文化財

絹本著色星曼荼羅図(重要文化財)
絹本著色法華経曼荼羅図、絹本著色不動明王立像図、新続古今和歌集(写本)、森長見一族の墓および森長見の墓碑(多度津町指定有形文化財)

ご由緒

仁王門をくぐると、ブロンズの観音さんがずらりと並んで迎えてくれる。創建ころのこの付近一帯は広大な桑園で、絹の生産地であったようである。縁起によると、和銅5年、この地方の領主、和気道隆公が桑の大木を切り、小さな薬師如来像を彫造し、草堂を建てたのが寺の初めといわれる。道隆公は、周囲5メートル近い桑の大木が、夜ごと妖しい光を放っているのを見た。この光を怪しみ矢を射ると、女の悲鳴があり、乳母が倒れて死んでいた。嘆き悲しんだ道隆公は、その桑の木で仏像を彫り、草堂に安置して供養する。
大同2年(807)、道隆公の子・朝祐公は唐から帰朝した弘法大師に懇願し、弘法大師自ら90センチほどの薬師如来像を彫造、その胎内に父・道隆公の像を納めて本尊とした。
朝祐公は大師から授戒をうけて第2世住職となり、先祖伝来の財産を寺の造営にあてて七堂伽藍を建立、寺名は創建した父の名から「道隆寺」と号した。第3世は弘法大師の実弟にあたる真雅僧正(法光大師)が嗣ついで二十三坊を建立し、第四世の円珍(智証大師)は五大明王、聖観世音菩薩像を彫造して護摩堂を建立、次の第5世聖宝(理源大師)の代には「宝祚祈願所」となっている。高僧が相次いで寺勢は栄えたが、貞元年間(976〜78)の大地震による堂塔の倒壊や、康平3年(1060)の兵火、また「天正の兵火」に遭うなど興亡をくり返しながらも、法灯を守り続けている。

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