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天皇寺ではいただけません
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てんのうじ|真言宗御室派金華山

天皇寺
香川県 八十場駅

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2024年03月11日(月)
2075投稿

憧れの四国八十八霊場巡り日帰り5回目です。
今回の日帰り旅行はこの地でおしまいです。
八十八霊場ですと 長尾寺→志度寺→一宮寺→根香寺→白峯寺→讃岐國分寺→天皇寺と巡りました。
讃岐國分寺から10分ほどで着きます。
車を駐車場に停めると 確かに天皇寺とあるのですが すぐ横に白峰宮とあります。
まずは天皇寺にお参りします。
白峰宮を挟んで東西に境内がのびています。
本堂も大師堂も地蔵堂もあり 歴史を感じる堂宇には心が満たされます。
本坊へつながる道には門があり 一方には蓮 もう一方には葡萄が描かれています。
門の上には鳩。平和です。

山号は金華山 院号は高照院 宗旨宗派は古義真言宗御室派 ご本尊は十一面観世音菩薩 創建年は(伝)天平年間 開基は(伝)行基 中興年は(伝)弘仁年間(810年 – 824年) 中興は(伝)空海(弘法大師)です。

ご真言とご詠歌は
本尊真言:おん まか きゃろにきゃ そわか
ご詠歌:十楽(じゅうらく)の浮世の中をたずねべし 天皇さえもさすらいぞある
でした。

由緒については
寺伝によると 天平年間に行基は カナヤマビメとカナヤマビコが鎮座する金山に薬師如来を本尊とした堂宇を開創した。
さらに後 空海(弘法大師)が八十場の泉を訪れたとき 金山権現の化身である天童が現れ閼伽井を汲み大師に給仕し この山の仏法を守るようにと宝珠を預けた。
大師はこの宝珠を嶺に埋め 荒廃していた堂舎を再興し その寺を摩尼珠院妙成就寺(まにしゅいん みょうじょうじゅじ)と号した。
また大師は その霊域にあった霊木で本尊十一面観音 脇侍阿弥陀如来 愛染明王の三尊像を刻造して安置した。
そして 金山ノ薬師は札所となり それらの霊験著しく七堂伽藍が整い境内は僧坊を二十余宇も構えるほど隆盛した。
崇徳上皇は 保元の乱(1156年)で敗れ讃岐国に配流となり 最初の約3年は雲井御所で過ごし その後 情勢の変化により厳しく管理するため当所に移され 約6年余り幽閉された後の長寛2年(1164年)旧暦8月26日に崩御した。
そして 二条天皇は 崩御の地に一堂を設けるよう沙汰を下しており 上皇が最期に住んだ終焉の地であり神光が光った上皇の魂が宿る御所跡である当所に 霊を鎮めるためその年の内に御廟が建てられた。
また 寛元2年(1244年)後嵯峨天皇の宣旨により崇徳天皇社は再建され 摩尼珠院はその別当職に任じられ崇徳院永代供養の寺という役割を担わされた。
そして いつの頃からか札所は金山ノ薬師から崇徳天皇社とその別当摩尼珠院となった。
ゆえに人はみな摩尼珠院は「天皇寺」と呼び 崇徳天皇社は「天皇さん」と親しまれるようになった。
明治維新直前 明治天皇の宣旨により崇徳院御霊は京都白峯宮へ戻され 崇徳天皇社は崇徳上皇を祀ることを廃止し白峰宮と改名された。
摩尼珠院は廃寺となった。
ただ 初代神官には摩尼珠院主が赴任し 79番札所は筆頭末寺の奇香山仏乗寺高照院が引き継ぐことになった。
その後 神仏分離令の嵐がおさまった明治20年(1887年)高照院は 摩尼珠院跡の現在地に天皇寺高照院として移転した。
とありました。

天皇寺の建物その他

天皇寺(香川県)

石柱

天皇寺(香川県)

鐘楼

天皇寺(香川県)

地蔵堂

天皇寺(香川県)

フクロウ

天皇寺(香川県)

本堂

天皇寺(香川県)

扁額に 金剛界説法とあります

天皇寺(香川県)

大師堂

天皇寺(香川県)
天皇寺(香川県)

手水

天皇寺(香川県)

梅がきれいです

天皇寺(香川県)

本坊への門

天皇寺(香川県)

本坊から見て

天皇寺(香川県)

本坊納経所

天皇寺(香川県)

かわいらしいお地蔵様

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天皇寺の基本情報

住所香川県坂出市西庄町1713-2
行き方

八十場駅より (0.4km)
78【郷照寺】より
(自家用車)約15分 約8km
(徒歩)約1時間30分 約6.3km
80【國分寺】より
(自家用車)約15分 約7km
(徒歩)約1時間30分 約6.3km

アクセスを詳しく見る
名称天皇寺
読み方てんのうじ
参拝時間

7:00~17:00

御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号0877-46-3508
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

巡礼の詳細情報

四国八十八ヶ所霊場(お遍路)

詳細情報

ご本尊十一面観世音菩薩
山号金華山
院号高照院
宗旨・宗派真言宗御室派
創建時代天平年間(729〜749)
開山・開基行基菩薩
ご由緒

天平年間に四国巡錫の為に当地を訪れた行基は、鉱石が多く産出されるこの山が、カナヤマビメとカナヤマヒコの御座す山であるとし、金山と名付ける。そしてこの金山中腹に薬師如来を御本尊とした金山摩尼珠院を建立し、この地が神仏習合の地であることを現した。
後の弘仁年間に空海が訪れ、朽ち果てた金山摩尼珠院を現在の79番札所の場に移動させ、金華山妙成就寺摩尼珠院として中興する。空海を中興の思いへと向かわせたのは、御神体金山を鎮護する金山権現との出会い、そして金山中腹より湧き出る御神水との感応にあった。ありとあらゆるすべての蘇生が可能であると確信を得た空海は、この耶蘇の地にて十一面観音菩薩・阿弥陀如来・愛染明王を刻み堂宇に安置する。
後の保元の乱により讃岐へと配流された崇徳天皇と空海御手彫阿弥陀如来の出会いは、空海中興金華山妙成就寺摩尼珠院を崇徳天皇永代別等職へと至らせることとなる。
崇徳天皇御崩御の後、寺院境内に崇徳天皇社が造営され、後嵯峨天皇による永代別等職の詔を賜り、崇徳天皇供養の寺、崇徳天皇寺と呼ばれるようになった。
明治時代の廃仏毀釈による廃寺という現象は、筆頭末寺であった奇香山仏乗寺高照院院主らの尽力による、今日の金華山天皇寺高照院を生み出すこととなった。

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