しかりわけじんじゃ
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【陸奥國 式内社巡り】
志賀理和氣神社(しがりわけ/しかりわけ~)は、岩手県紫波郡紫波町桜町本町川原にある神社。式内社。旧社格は県社。祭神は経津主神、武甕槌神、大己貴神、少彦名神、保食神、猿田彦神、船霊神。別称は「赤石神社」、「浮島明神」。式内社で最北に位置することで知られる。
社伝によると、平安時代初期の804年に坂上田村麻呂が、東北開拓守護神として経津主命(香取神)と武甕槌命(鹿島神)を勧請したことに始まる。当時は志波城造営(803年)、斯波郡(紫波郡)建置・徳丹城造営(811年)などの開拓が進んでいた時期で、当社も蝦夷平定の報謝と一帯の鎮護のために創建されたと見られている。国史の初見は『日本文徳天皇実録』852年条に神階昇叙の記載があり、それ以前から神階を有する官社であったとされる。927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「陸奥國 斯波郡 志賀理和氣神社小」に比定されている。それ以降は史料はないが相当荒廃していたようで、近世になり赤石を神体としたことに由来し「赤石大明神」と呼ばれていた。江戸時代中期には式内社の由緒を復活し、社殿も再建されるとともに、盛岡藩主の南部氏からも崇敬され、「南部一の宮」の号を献じられたという。明治に入り、近代社格制度のもと郷社に列し、のちに県社に昇格した。
当社は、JR東北本線・紫波中央駅の南東1.4kmの北上川西岸、平地の住宅街にある。元々は境内西端の公道沿いに鳥居と社号標があって、長い参道を進んだのち、左手に大きな境内が広がるという造り。ただ、参拝時は一時的に社殿等の移転工事中で、入口には鳥居も社号標も狛犬もなく、奥に入って行ってやっと真新しい大きな社殿と社務所に辿り着く状態になっている。宮司さんのお話だと、国有地との換地を行っている最中とのこと。このこともあり、日本最北の式内社ではあるが、古社らしい雰囲気は感じられなかった。
今回は、陸奥国の式内社、岩手県の旧県社であることから参拝することに。参拝時は休日の午後で、近所のご老人が小さいこと散歩をしていたが、自分以外には参拝者はいなかった。

境内西端入口の<看板>。ここから参道を奥(写真右上)に進んで行く。
元々はここに鳥居と狛犬、社号標があったことがGoogle Mapでも確認できる。

参道をしばらく進むと、左手が開けて来て、大きく真新しい社務所と社殿が見えてくる。



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