さくらやまじんじゃ
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楽しみ方櫻山神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2022年11月26日(土) 01時11分15秒
参拝:2022年10月吉日
江戸時代中期の寛延2年(1749)、盛岡藩第八代・南部利視により盛岡藩初代・信直の遺徳を偲び、盛岡城内淡路丸に神殿を建立、同年9月26日、その神霊を勧請して「淡路丸大明神」と奉ったのに始まる。
文化9年(1812)8月13日に盛岡藩第十一代・利敬が「櫻山大明神」と改称。その後、利敬は同15年(1818)4月に南部家初代・光行を合祀した。
明治に入り、盛岡城が明治政府に接収された後、明治4年(1871)9月、御神体を岩手郡加賀野村妙泉寺山に仮遷座、同10年(1877)5月20日に盛岡・下北山の聖寿禅寺跡に新社殿を造営し再遷座した。
のち、明治32年(1899)盛岡城旧三の丸・鳩森下曲輪跡に神社敷地を造成、今日にみられる本殿、拝殿、神門が建てられ、大正元年(1912)10月に盛岡藩第三代・利直、十一代・利敬の霊を合祀し、計4柱の南部家の神霊を合祀して現在に至る。
文化9年(1812)8月13日に盛岡藩第十一代・利敬が「櫻山大明神」と改称。その後、利敬は同15年(1818)4月に南部家初代・光行を合祀した。
明治に入り、盛岡城が明治政府に接収された後、明治4年(1871)9月、御神体を岩手郡加賀野村妙泉寺山に仮遷座、同10年(1877)5月20日に盛岡・下北山の聖寿禅寺跡に新社殿を造営し再遷座した。
のち、明治32年(1899)盛岡城旧三の丸・鳩森下曲輪跡に神社敷地を造成、今日にみられる本殿、拝殿、神門が建てられ、大正元年(1912)10月に盛岡藩第三代・利直、十一代・利敬の霊を合祀し、計4柱の南部家の神霊を合祀して現在に至る。
すてき
投稿者のプロフィール

竜王1925投稿
人生に迷い、惑い、思い悩んだ三十路も半ば、見えない力に縋りたくて神社仏閣を訪問する日々が始まる…。 全国行脚のなかで怪我や病気が治癒するという奇跡も体験し、素晴らしい出逢いにも恵まれました。 そ...もっと読む
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