くつかけかとりじんじゃ
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楽しみ方沓掛香取神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年02月08日(土) 20時53分25秒
参拝:2025年2月吉日
今日は茨城県の坂東•境•古河方面へ。沓掛香取神社様は圏央道の坂東インターチェンジが最寄りということで、湾岸線及び東関東自動車道経由で行ってみました。
沓掛香取神社様は、経津主大神と軻遇突智大神を御祭神としてお祀りしています。創建については年代は不詳ですが、経津主大神の孫である美計奴都加佐命が神籬(ひもろぎ)といわれる依代を立て奉斎したのが始まりと伝わっています。大同2年(809年)には空海の巡錫の際、神社の裏に十一面観音を勧請され、別当香取山金乗院が建立されました。正長元年(1428年)には結城氏朝によって社殿が修理され、江戸時代には社領を付され、神階を正一位に進められました。享保9年(1724年)8代将軍、徳川吉宗の命で飯沼開発が行われた際には沼の周りに存在した24ヶ村の代表が神社に大願成就を祈願しました。飯沼開発難工事でしたが、享保13年に無事に竣工しました。その時、人々は神恩に感謝し本殿と大鳥居一基を奉納し、大報寳祭を執り行いました。以来、飯沼鎮護の神として崇められています。天保7年(1836年)には空海作断碑が境内から出土発見されました。これにより1210年前にはすでにこの土地に鎮座していた社である事がわかります。この辺りには香取神社という名前の神社が数多く存在し、それぞれどのような関わりがあるのか少し気になりました。
(参照:沓掛香取神社由緒)
沓掛香取神社様は、経津主大神と軻遇突智大神を御祭神としてお祀りしています。創建については年代は不詳ですが、経津主大神の孫である美計奴都加佐命が神籬(ひもろぎ)といわれる依代を立て奉斎したのが始まりと伝わっています。大同2年(809年)には空海の巡錫の際、神社の裏に十一面観音を勧請され、別当香取山金乗院が建立されました。正長元年(1428年)には結城氏朝によって社殿が修理され、江戸時代には社領を付され、神階を正一位に進められました。享保9年(1724年)8代将軍、徳川吉宗の命で飯沼開発が行われた際には沼の周りに存在した24ヶ村の代表が神社に大願成就を祈願しました。飯沼開発難工事でしたが、享保13年に無事に竣工しました。その時、人々は神恩に感謝し本殿と大鳥居一基を奉納し、大報寳祭を執り行いました。以来、飯沼鎮護の神として崇められています。天保7年(1836年)には空海作断碑が境内から出土発見されました。これにより1210年前にはすでにこの土地に鎮座していた社である事がわかります。この辺りには香取神社という名前の神社が数多く存在し、それぞれどのような関わりがあるのか少し気になりました。
(参照:沓掛香取神社由緒)
すてき
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