たやすじんじゃ
胎安神社のお参りの記録一覧
御祭神
木花開耶姫命
経津主命
彦火瓊瓊杵命
彦火火出見命
鳥居
拝殿正面の林の中にあり
隋神門
社号標
拝殿
本殿
彫刻が素晴らしい
御神木
御朱印
カワイイ栞も一緒に頂きました
細い道に入る時に鳥居を潜ったのだけれど、この鳥居に心がキュッてなった。
写真は撮れなかったけど、なんか素敵な鳥居⛩️って気持ちで惚れ惚れ。
しおりもくれました🔖
この鳥居ではないのだが、この道も好きでした。
ここの狛犬さんかわいい顔ですね。
御神木は子持ち松。今から百数十年前(明治時代)に惜しくも枯れてしまいましたが、石を抱く珍しい松です。子授け安産にご利益ありです。胎内安全の神、木花咲耶姫もお祀りされています。
境内はなんとなく優しい雰囲気なんです。社務所においでになったのは女性の神職さん。(巫女さんではないよね)だからかぁ〰︎
清楚できめ細やかな説明書きと包み込むような空気感は女性ならではのもの。
と、乱暴で雑なあたしは感じたのです(//∇//)
隋神門
表側は紙垂があり
後は絵がある
天井は🐉ですね。
手水舎
拝殿
内部が薄らみえた。
左は社殿造営用材図説 江戸時代、近隣の村が分担して取り組んだ様子が描かれている。
横型の屏額もあります。
子持ち松
ほんとに、石を抱いている!
子持ち松の後ろのお地蔵様
なんか優しい。
本殿
朱に彩られていて
後の彫刻もみごと。
頂きました。
御祭神 木花咲耶姫命
胎内安全、安産育子、子授けで知られる胎安神社はかすみがうら市の西野寺にあります。言い伝えによると創建は天平宝字7(763年)。
社伝によると、御神体は、鏡(藤原政重の銘)で、初めは、下総国香取神宮の神(経津主命ふつぬしのみこと)を祀り、相殿(あいどの)に、山城国葛野郡(京都嵐山)梅宮大社の御分霊として、胎内安全の神(木花咲耶姫命・このはなさくやひめのみこと)を祀りました。
🌺無事に出産することができましたとお礼参りに
来られていたがいらっしゃいました🌺
手水舎
拝殿
拝殿
拝殿の中
本殿
緑が綺麗でついつい📷むけたくなります
伺った日は、戌の日でした
御利益が自分に最も縁遠い安産・子育てということで、当初はスルーするつもりでしたが、ここの宮司様が相当な数の神社を兼務されてると知り、これは御朱印一挙大量ゲットだぜ!(*´艸`)と邪な気持ちで参拝w
しかし行ってみたら・・・イイ゚+。:.゚(*゚Д゚*)゚.:。+゚
森の中に佇むすごく雰囲気の良い神社でした(*´Д`)
虫もおらず、紅葉や色付く木の実がアチコチにある一番良い時期に来たみたいで、山門前にベンチもあったのでしばしマッタリしてしまいました。
オマケに自分の他には誰もいなかったので贅沢な時間を独り占め(^ー^)
御朱印見本はこちらの神社のものしかなく、宮司さんも特に言及されなかったので、こちらから兼務社のものがいただけるか尋ねてみたところ・・・
「えっ!? 30分くらいお時間いただけますか?Σ( ̄□ ̄;)」
いえいえいえ!全部じゃなくて結構です!(;>д<)
どれにしますか?とリストを見せていただいたところ・・・13社も兼務してるのかよΣ(´□`ノ)ノ
とりあえず鹿島とか香取とかアチコチで被りそうな神社は避けて、この4社分だけお願いしました。
この13社を断る素振りすら見せずガチで書いてくれようとしたり、いつでも承りますよ( ^ω^ )と言わんばかりに「どうぞお持ちになってください」とリストをくれたり、この宮司様にはホント頭の下がる思いでした(´。・д人)゙
やっぱ行って良かった( ´∀`)
胎安神社(たやす~)は、茨城県かすみがうら市西野寺にある神社。式内論社で、旧社格は村社。主祭神は木花開耶姫命、経津主命、彦火瓊瓊杵尊、彦火火出見命、配祀神は大山祇命。国内唯一の胎内安全の神を祀る神社。
社伝によると、奈良時代の763年、藤原政重銘の鏡を御神体として、主祭神に下総国の香取大神を祀り、相殿に山城国の梅宮神宮(京都の梅宮大社)の分霊を勧請して胎内安全の神として祀った。平安時代927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「常陸國 茨城郡 夷針神社 小」の論社とされ、他の論社としては、夷針神社(東茨城郡茨城町)、飯綱神社(笠間市・愛宕神社境内社)、足尾神社(石岡市)、子安神社(かすみがうら市東野寺)がある。1055年、源頼義、義家父子が奥州征伐の途上、義家が都にいる内室のために胎内安全安産を祈願し、1064年に戦勝の帰路、嫡男出産の日を祭日とし参拝したほか、源氏の家紋である笹竜胆の紋章の使用を許可した。江戸時代には、志筑領主・本堂氏、府中藩主・松平氏、土浦藩主・土屋氏が安産祈願に参拝した古文書がある。1771年に現在地に遷座、現在の社殿を造営。現在でも、各地で「胎安講」、「児安講」として婦人集会が行われ参拝に訪れているとのこと。
当社は、JR常磐線・石岡駅の南西3kmの畑や果樹園が広がる緩やかな丘陵地の住宅街の外れにある。当社と同じ「夷針神社」の論社である子安神社とは500mも離れておらず、由緒が似ているのも面白い。大通りの信号そばの鳥居から100mほど入ると民家がぽつぽつあって隋神門が現れるが、どこからどこまでが境内かは分からない。見て廻るエリアでいうと、やや大きめの村の鎮守サイズ。隋神門があることと、社名の由緒通り<子持ち松>があることが特徴。
今回は、常陸国の式内論社ということで参拝することに。参拝時は週末の午後、自分以外には誰も参拝者はいなかった。
カーナビに従って向かうと、隋神門の横に到着。公道と境内の間に壁や境目がなく、オープンな雰囲気。
<隋神門>全景。実はこの後ろにも参道があって、どこから始まっているか分からなかった。
隋神門をくぐったところから、社殿方向を望む。
参道左側の、2本柱の簡素な<手水舎>。
<拝殿>遠景。大きな狛犬はまだ新しい感じ。
参道左手の石碑類。石碑には<胎安神社 献詠歌>、石柱には<安産育子酒造祖神>と書かれている。
参道左手の石製小祠群。ここまで数が多いと、かなり壮観!
石製小祠群の手前にある<五社神社>。皇大神宮など5つの神社がまとめられている。
<拝殿>全景。派手さはないが、細かい彫刻がはいっている。
<拝殿>正面。扁額には<胎安大明神>の文字。
<拝殿>内部。扁額には<胎安宮>とある。
拝殿後ろの<本殿>。覆屋で完全に覆われている形ではなく、屋根と柱のみなので内部が見える。
躯体が朱色に塗られた<本殿>。一間社流造かな。
本殿近くの石製小祠群。
本殿右側にある、御神木の<子持ち松>。明治時代に枯れたが、当時樹齢500年。「石(子)を抱いた珍しい松」として信仰を集め続けているとのこと。
拝殿の右手にある<社務所>。御朱印はこちら。
社務所前で御朱印を待つ間に、拝殿正面を眺める。源氏から使用を許可された笹竜胆(ささりんどう)の紋章が光る。
御朱印を拝受し駐車場に戻ると、綺麗に紅く色づいた樹木に目を引かれる。
御朱印を拝受すると、宮司さんから御親切にも由緒書と栞と温かいお茶を渡された。
11月初旬、日も傾き始めた15:30ごろで、ちょっと寒さを感じる中、温かいお茶がめちゃくちゃ嬉しかった。感謝感激~♪ (o^―^o)
最後に、境内全景。
当社までの道のり。茨城県ならではの、ながーい一本道。(^▽^)/
常陸国の式内社とされる神社。道路を挟んで反対側には摂社・末社と思える神社がありました。鳥居も道路を挟んだところにあるものなのか、境内と思えるところには見当たらず。
トイレは社務所の中できれいでした。
本殿
拝殿に向かって鳥居
拝殿を背にして鳥居。この奥に摂社が。
鳥居の奥
奥に進むと末社が
いきなりお茶の写真でスミマセンm(_ _)m
フザケンナ❗️と思われるかもしれません😓
こちらは、参拝後に御朱印を受けた際に頂いたものです😊
実は、私が御朱印等集めだした10年前にも、お茶を頂いておりました🎵
正直、大した初穂料も出していないのに、お茶など頂いては申し訳ないという気持ちが、ずっとありました。(赤字になるのでは❗️と😢)
こんな事ができるのが、神職さんなのだと感動し、以来、私の憧れる職業となりました✨✨
お茶1本で10年以上覚えている私も変なのかもしれませんが、タケが今まで神社を参拝している理由のひとつです。
茨城県のおすすめ🍁
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ
2
0