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楽法寺(雨引観音)のお参りの記録(2回目)
茨城県岩瀬駅

投稿日:2026年06月15日(月) 05時50分27秒
参拝:2024年3月吉日
茨城県 桜川市 本木 に境内をかまえる、雨引山 楽法寺、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、2024.11に坂東三十三観音霊場にて初参拝、関東八十八ヶ所霊場、東国花の寺百ヶ寺等で何度か参拝致しました、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 雨引山、寺号は 楽法寺、宗旨 宗派は 真言宗 豊山派、ご本尊は 聖観世音菩薩(寺伝 延命 観世音菩薩)坂東三十三観音霊場 第二十四番札所 聖観世音菩薩 日本百観音 の一つ、東国花の寺百ヶ寺 茨城 第六番札所 桜、関東八十八ヶ所霊場 特別霊場、別称は 雨引観音、加波山の尾根続きになる雨引山の中腹斜面に 真壁城の 薬医門を移築した黒門をはじめ、仁王門、本堂、鐘楼堂、多宝塔、本坊、客殿など多数の堂宇が甍を並べ、仁王門の脇には城郭を思わせる大石垣がそびえる荘厳な寺である。587(用明天皇2)年 中国の帰化僧法輪独守の創建と伝え、第三十三代推古天皇御病気とならせられるや、遙かに当山観世音菩薩に病気平癒を祈らせ玉い、ご本復遊ばされたので、当山を勅願のみ寺と定められた。天平年中(730)第四十五代聖武天皇ならびに、光明皇后は法華経を書写して当山に奉納しご安産をご祈念あられたところ功験あらたかであったので、当山を安産祈願の根本道場と定めて勅願寺となされ、三重塔を造建せられた。現在光明 皇后の紺紙金泥の法華経は什宝として保存せられている。嵯峨天皇の弘仁12年(821)夏、大旱魃が国中を見舞うや、天皇は親ら写経し給い、当山に納めて、ひたすら降雨を祈らせられた(天皇の御染筆は寺宝として現存)天皇の御願むなしからず国中は大雨に潤い五穀ために実ったので御感浅からず勅命によって当山の山号を雨引山と定め勅額をくだし賜った。雨引山楽法寺の山号寺名はこの勅命によるのである。1254年(建長6年)宗尊親王により再興され、さらに建武年間(1334 - 1338年)、足利尊氏により再興されたというその後、勅願寺として朝廷や真壁氏・足利氏の崇敬を得、特に徳川氏から百五十石の扶持と十万石の格式を与えられた。安産の信仰を集めている本尊の観世音菩薩(延命観音)は秘仏だが、一木造で弘仁期(810~824年)の密教彫刻の特徴を示し、前立の観音も鎌倉時代の作といわれている。本尊が観音様であることから「雨引観音」と呼ばれ、親しまれている
楽法寺(雨引観音)(茨城県)
楽法寺(雨引観音)の御朱印
関東八十八ヶ所霊場 特別霊場、別称は 雨引観音 日本百観音の一つ、御朱印です
楽法寺(雨引観音)(茨城県)
楽法寺(雨引観音)(茨城県)
楽法寺(雨引観音)(茨城県)
楽法寺(雨引観音)(茨城県)
楽法寺(雨引観音)(茨城県)
楽法寺(雨引観音)(茨城県)
楽法寺(雨引観音)(茨城県)
楽法寺(雨引観音)(茨城県)
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楽法寺(雨引観音)(茨城県)
楽法寺(雨引観音)(茨城県)

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