かもおおかみみこかみぬしたまじんじゃ
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楽しみ方鴨大神御子神主玉神社のお参りの記録一覧
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鴨大神御子神主玉神社参拝⛩️ 茨城県神社巡り⑦
主祭神 鴨大神御子神主玉神
配神 大田々根子命 別雷命
鳥居がなく、杉の木にしめ縄をかけた生鳥居がある神社。
その理由も興味深い伝承です😊

一の生鳥居

鳥居の代わりに
杉の木に注連縄を掛けている。当初は鳥居があったが、源頼義が成敗した山姥の首を見せしめに鳥居に掛けて以降、村人たちは穢れと山姥の怨念を恐れて鳥居を取り壊したと伝わる。



3/29最後に行ったのがここです
磯部稲村神社がこちらも兼務されてて御朱印がいただけたので御礼参り。
無人社なので親は興味なさそうだから1人の時に行こうかと思ったのですが、一応聞いてみたところ今日は当たりの寺社が多かったせいか、珍しくOKが出たので寄ってくことにw
田舎の神社のわりには社殿が立派と思ったら、調べてみたところ村社格ではなく郷社格。
しかも鹿嶋神社、吉田神社に次ぐ常陸国で三番目に古い神社だとか!Σ(Д゚;/)/
祭神は主玉神、別雷神、太田田根子
別雷神が木花咲耶姫のダンナさんのニニギノミコトに相当するらしい。
大物主神とかは祀られてないが、太田田根子は何の関係があるんだ(?_?)と思ったら、主玉神と別雷神が京都の上賀茂神社に由来する神様で、太田田根子が賀茂氏の祖神なんだとか・・・そういう関係か(゚Д゚)!!
明治の合祀令で近隣神社が纏められたものとかはともかくとして、やっぱ神社に祀られてる神様は何らかの繋がりがあるんですね。
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鴨大神御子神主玉神社(かもおおかみみこかみぬしたま~)は、茨城県桜川市にある神社。式内社で、旧社格は郷社。主祭神は主玉神。別称は「鴨神社」、「賀茂大明神」。
社伝によると、神武天皇8年(紀元前652年)に京都の下鴨神社の分霊を奉斎したとしている。国史の初見は『日本文徳天皇実録』で、平安時代の850年に「鴨大神御子神主玉神」が官社に預かったと記載され、『日本三代実録』では861年に神階昇叙の記載がある。927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「常陸国 新治郡 鴨大神御子神主神社 小」に比定されている。平安時代後期の1062年に、奥羽討伐の勅命を奉じた源頼義が戦勝祈願し、翌年戦勝の報賽として社殿を修繕した。鎌倉時代末期の1323年には後醍醐天皇が巻尾に御諱を署した大般若経を寄進した。戦国時時代の1569年に佐竹義重が現在地に社殿を再建、江戸時代には朱印地3石を受け、「賀茂大明神」と称された。明治期に入り、「鴨大神御子神主玉神社」と改称し、郷社に列格した。
当社は、JR水戸線・羽黒駅の東南東2kmの田園地帯の小丘の上にある。田んぼの脇には注連縄の鳥居が立ち、階段を上がると境内は社殿のみのシンプルな造り。錚々たる歴史を持ち、明治期までは郷社と繁栄したようだが、現在は<村の鎮守>クラスになっている。
今回は、常陸国の式内社ということで参拝することに。参拝時は週末の午前中で、自分たち以外には参拝者は誰もいなかった。
※御朱印は、当社の北西3kmにある櫻川磯部稲村神社で拝受できる。

神社入口は、田んぼの端っこの小山の麓にあるこの階段。鳥居や社号標はなく、写真左下の<桜川市の文化財標識>だけなので見付けるも一苦労...(^_^;)

階段を登り切った左側に、<御神木>と小さな<手水盤>がある。
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