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かもおおかみみこかみぬしたまじんじゃ

鴨大神御子神主玉神社のお参りの記録一覧
茨城県 羽黒駅

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yasumi
yasumi
2025年01月11日(土)1004投稿

鴨大神御子神主玉神社参拝⛩️ 茨城県神社巡り⑦
主祭神 鴨大神御子神主玉神
配神 大田々根子命 別雷命
鳥居がなく、杉の木にしめ縄をかけた生鳥居がある神社。
その理由も興味深い伝承です😊

鴨大神御子神主玉神社(茨城県)

一の生鳥居

鴨大神御子神主玉神社(茨城県)

鳥居の代わりに
杉の木に注連縄を掛けている。当初は鳥居があったが、源頼義が成敗した山姥の首を見せしめに鳥居に掛けて以降、村人たちは穢れと山姥の怨念を恐れて鳥居を取り壊したと伝わる。

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惣一郎
惣一郎
2021年11月03日(水)1269投稿

鴨大神御子神主玉神社(かもおおかみみこかみぬしたま~)は、茨城県桜川市にある神社。式内社で、旧社格は郷社。主祭神は主玉神。別称は「鴨神社」、「賀茂大明神」。

社伝によると、神武天皇8年(紀元前652年)に京都の下鴨神社の分霊を奉斎したとしている。国史の初見は『日本文徳天皇実録』で、平安時代の850年に「鴨大神御子神主玉神」が官社に預かったと記載され、『日本三代実録』では861年に神階昇叙の記載がある。927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「常陸国 新治郡 鴨大神御子神主神社 小」に比定されている。平安時代後期の1062年に、奥羽討伐の勅命を奉じた源頼義が戦勝祈願し、翌年戦勝の報賽として社殿を修繕した。鎌倉時代末期の1323年には後醍醐天皇が巻尾に御諱を署した大般若経を寄進した。戦国時時代の1569年に佐竹義重が現在地に社殿を再建、江戸時代には朱印地3石を受け、「賀茂大明神」と称された。明治期に入り、「鴨大神御子神主玉神社」と改称し、郷社に列格した。

当社は、JR水戸線・羽黒駅の東南東2kmの田園地帯の小丘の上にある。田んぼの脇には注連縄の鳥居が立ち、階段を上がると境内は社殿のみのシンプルな造り。錚々たる歴史を持ち、明治期までは郷社と繁栄したようだが、現在は<村の鎮守>クラスになっている。

今回は、常陸国の式内社ということで参拝することに。参拝時は週末の午前中で、自分たち以外には参拝者は誰もいなかった。

※御朱印は、当社の北西3kmにある櫻川磯部稲村神社で拝受できる。

鴨大神御子神主玉神社のその他建物

神社入口は、田んぼの端っこの小山の麓にあるこの階段。鳥居や社号標はなく、写真左下の<桜川市の文化財標識>だけなので見付けるも一苦労...(^_^;)

鴨大神御子神主玉神社の自然

階段を登り切った左側に、<御神木>と小さな<手水盤>がある。

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ばくおん!
ばくおん!
2019年03月05日(火)11投稿

達筆な筆致の御朱印が欲しくてお参りしました。
また、茨城県で名前が一番長い神社だという事にも惹かれました。
「かものおおかみのみこかみぬしたまじんじゃ」と読みます。

鴨大神御子神主玉神社のその他建物

鳥居がなく注連縄の入り口。鳥居がないわけは、由緒書に書いてありますが、長くなるのでここでは省略。由緒書は御朱印と同じく、櫻川磯部稲村神社でいただけます。

鴨大神御子神主玉神社の本殿・本堂

とても静かな境内でした。

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