ありがじんじゃ
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楽しみ方有賀神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2021年07月02日(金) 13時50分07秒
参拝:2021年5月吉日
有賀神社は、茨城県水戸市にある神社。式内論社で、旧社格は村社。祭神は武甕槌命、経津主命の2柱。
社伝によると、平安時代前期の859年に那賀国造により有賀町藤内に鎮斎され、「藤内神社」と称し崇敬されてきたとしている。927年の『延喜式神名帳』に記載される「常陸国 那賀郡 藤内神社 小」の論社とされる。安土桃山時代の1590年、当地区にあった塚原城陥落の際に兵火により焼失、翌年氏子衆により現在地に社殿を造営して奉還し、鹿島明神と改称した。その後、青木神社を合併し、有賀神社と改称したとのこと。なお「藤内神社」の論社は、当社以外に<藤内神社(水戸市)>、<立野神社(水戸市)>がある。
当社は、JR常磐線・内原駅の北方2.5kmの住宅地のはずれの緩やかな傾斜地にある。境内や社殿は、一般的な村の鎮守社よりもちょっと大きいぐらい。由緒にもある通り、江戸時代以降の社殿なので、古社らしい雰囲気もそれ以上でも以下でもない感じ。古い小さな境内社にも、ちゃんと表札が付けられていて、丁寧に管理されていることが印象的だった。
今回は、常陸国の式内論社ということで参拝することに。参拝時は週末の午前中で、自分以外に参拝者はいなかった。
社伝によると、平安時代前期の859年に那賀国造により有賀町藤内に鎮斎され、「藤内神社」と称し崇敬されてきたとしている。927年の『延喜式神名帳』に記載される「常陸国 那賀郡 藤内神社 小」の論社とされる。安土桃山時代の1590年、当地区にあった塚原城陥落の際に兵火により焼失、翌年氏子衆により現在地に社殿を造営して奉還し、鹿島明神と改称した。その後、青木神社を合併し、有賀神社と改称したとのこと。なお「藤内神社」の論社は、当社以外に<藤内神社(水戸市)>、<立野神社(水戸市)>がある。
当社は、JR常磐線・内原駅の北方2.5kmの住宅地のはずれの緩やかな傾斜地にある。境内や社殿は、一般的な村の鎮守社よりもちょっと大きいぐらい。由緒にもある通り、江戸時代以降の社殿なので、古社らしい雰囲気もそれ以上でも以下でもない感じ。古い小さな境内社にも、ちゃんと表札が付けられていて、丁寧に管理されていることが印象的だった。
今回は、常陸国の式内論社ということで参拝することに。参拝時は週末の午前中で、自分以外に参拝者はいなかった。

境内南端にある<一の鳥居>。

鳥居後ろにある石柱は社号標ではなく、<有賀神社としだれ桜>と書いてある。

参道を進み、階段を少し上がると<二の鳥居>。

参道左手にある<社務所>。御朱印はこちらではなく、参道右手にある宮司さん宅。

参道左手にある<手水舎>。

<拝殿>全景。古そうだがきれいにしてある。

<拝殿>正面。扁額には、字がかすれているが<有賀神社>の文字。

左の<狛犬>。表情がとってもファニー。開いた口の周りに枯葉?何か食べた?

右の<狛犬>。口を閉じると「うっしっし...」という表情。

拝殿後ろの<本殿>。こちらは新しそう。彫刻が細かくきれい。

覆屋が付いている境内社。左から順に<八坂神社>、<天満宮>、<稲荷神社>、<三十二神番順社>。最後の一つは珍しいけど何だろう?

社殿周りにある境内社<諏訪神社>。ワイルド具合が半端ない。

社殿周りにある境内社<熊野神社>。

社殿周りにある境内社<湯殿神社>。

社殿脇の巨木。歴史を感じる。
すてき
投稿者のプロフィール

惣一郎1269投稿
2020年1月から寺社仏閣巡りを始めた初心者です。東京在住です。 クルマとバイク、旅行が趣味なので、近くから遠くまで、精力的にお参りしています~♪ ■2023年も引き続き、日本各地(目標:寺社...もっと読む
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