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鍬渓神社のお参りの記録一覧
兵庫県 小野町駅

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きどっち
きどっち
2022年03月28日(月)1545投稿

「くわたに」神社と読みます。

とても静かなところで、鳥の声、特に鶯の鳴き声が響き渡っていました。

主祭神 素戔嗚命
配祀神 足摩乳命 手摩乳命 奇稲田姫命

<御由緒>兵庫県神社庁HPより

後鳥羽天皇の御代、建久年間に国中に悪疫が流行りました。同建久3年(11928)8月播磨権守源範景の命により、洛陽の祇園社より分霊を下来住町字上代に勧請し社殿を建立、「牛頭天皇」と称されたことに始まります。
爾来、国司の崇敬篤く、此の地を領した、安芸守来住惟友は神事を再興し産土神と仰ぎ、祭祀を怠りませんでした。
ところが天正6年(1580)、豊臣秀吉が来住氏を滅ぼしてより次第に社殿が荒廃し、同、天正9年(1581)村内に悪疫が流行し、村民、神明のよるところと畏怖し、翌10年に※神託あり、今の地に遷座することを求められた故に、天正11年8月社殿を新たに託宣の地に造営される。「桑谷牛頭天王社」と称せられる。
豊臣秀吉の時代、慶長10年(1605)9月、御霊代を新調し、寛文6年(1666)には地仏をも再造されました。
正保4年(1647)、領主より水谷山、鍬溪山の境界山林の樹木伐採を許され、宝暦7年8月に氏子の寄進により、再び社殿が造営されました。
明治維新後、社名を「鍬溪神社」と改称し、又、明治6年(1873)11月に郷社に列しました。

1月には、悪疫を払い安泰を祈願する的神事があります。
起源は鎌倉時代にまでさかのぼるとのことで、当初は騎射神事だったそうです。
的の中心に鬼と書き、それを黒く塗りつぶして矢を射るとのことです。

鍬渓神社の御朱印

御朱印

鍬渓神社の鳥居

一の鳥居
歩いて来られた方は灯籠が並ぶ参道を進みます。
車は鳥居を少し通り越した右手に入り口があります。

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