たかさごじんじゃ
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楽しみ方高砂神社のお参りの記録(6回目)
投稿日:2026年04月26日(日) 12時58分11秒
参拝:2026年4月吉日
今年、まだ高砂神社にお参りできてないな・・・とふと思い、あがらせていただきました。
最近県外に行くことが多いので、時間を見つけては地元兵庫の神社にももう少しお参りしていきたいとは思っているんですが・・・😅
日曜日の昼過ぎに参拝させていただきましたが、思ったよりも参拝者が少なくゆっくりとお参りできました。
天気のよい日にしずかな境内をゆっくりと歩いてお参りできる・・・すごく幸せな時間ですね。
<御祭神>
主祭神:大己貴命
配祀神:素盞鳴命 奇稲田姫命
<御由緒>~高砂神社HPより~
神功皇后が外征のとき、大己貴命の神助を得て敵を平らげられた。帰国の途中、この地に船を寄せられ、国家鎮護のため、大己貴命をまつられたのが高砂神社のはじまりです。その後、天禄年間(970年)~(972年)国内に疫病が流行し、庶民が苦しんでいた時、神託によって素盞嗚命(すさのうのみこと)、奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)をあわせまつったところ、疫病がたちまちおさまったので、庶民は喜んでお礼参りをした。文禄元年(1592年)豊臣秀吉は、朝鮮出兵のときこの神社に参拝し戦勝を祈願したと伝えられる。
池田輝政をはじめ、歴代姫路城主は社領を寄進し、特に本多忠政は尊崇熱く、輝政によって他に移されていた社殿を旧社地に再建し、にぎやかな遷座祭を行った。
天樹院(千姫)をはじめ、武将や貴人、そのほか学者、詩人、歌人、俳人が多くこの神社を歴訪している。
江戸時代の画家、森狙仙筆「神式図」、森周峯筆「関羽図」、曽我蕭白筆「武者図」をはじめ、現代では棟方志功筆「鯤魚之図」等、すぐれた絵馬も多く奉納されている。
春の尉姥祭、夏の祇園祭、秋の神幸祭や例大祭にあわせて参拝し、周辺にある史跡めぐりと、歴史散歩でありし日の面影をしのぶもよいと思う。
最近県外に行くことが多いので、時間を見つけては地元兵庫の神社にももう少しお参りしていきたいとは思っているんですが・・・😅
日曜日の昼過ぎに参拝させていただきましたが、思ったよりも参拝者が少なくゆっくりとお参りできました。
天気のよい日にしずかな境内をゆっくりと歩いてお参りできる・・・すごく幸せな時間ですね。
<御祭神>
主祭神:大己貴命
配祀神:素盞鳴命 奇稲田姫命
<御由緒>~高砂神社HPより~
神功皇后が外征のとき、大己貴命の神助を得て敵を平らげられた。帰国の途中、この地に船を寄せられ、国家鎮護のため、大己貴命をまつられたのが高砂神社のはじまりです。その後、天禄年間(970年)~(972年)国内に疫病が流行し、庶民が苦しんでいた時、神託によって素盞嗚命(すさのうのみこと)、奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)をあわせまつったところ、疫病がたちまちおさまったので、庶民は喜んでお礼参りをした。文禄元年(1592年)豊臣秀吉は、朝鮮出兵のときこの神社に参拝し戦勝を祈願したと伝えられる。
池田輝政をはじめ、歴代姫路城主は社領を寄進し、特に本多忠政は尊崇熱く、輝政によって他に移されていた社殿を旧社地に再建し、にぎやかな遷座祭を行った。
天樹院(千姫)をはじめ、武将や貴人、そのほか学者、詩人、歌人、俳人が多くこの神社を歴訪している。
江戸時代の画家、森狙仙筆「神式図」、森周峯筆「関羽図」、曽我蕭白筆「武者図」をはじめ、現代では棟方志功筆「鯤魚之図」等、すぐれた絵馬も多く奉納されている。
春の尉姥祭、夏の祇園祭、秋の神幸祭や例大祭にあわせて参拝し、周辺にある史跡めぐりと、歴史散歩でありし日の面影をしのぶもよいと思う。



表門



拝殿


拝殿内


能舞台

愛宕社

こちらの中には三代目相生松が保存されています

三代目相生松


尉姥神社 鳥居

尉姥神社

住吉社

稲荷社・三社

本殿後方

左 粟嶋社
右 神輿庫
右 神輿庫

天満宮

猿田彦社・秋葉社・神馬社

琴平神社

和魂神社


御神木「いぶき」
見ているだけですごいパワーをいただけます
見ているだけですごいパワーをいただけます
すてき
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