じょうこうじ
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楽しみ方常光寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年04月19日(日) 17時35分59秒
参拝:2026年4月吉日
臨済宗妙心寺派 天徳山 常光寺
播磨西国三十三箇所霊場 客番
<御本尊>
釈迦牟尼仏、文殊菩薩、普賢菩薩
十一面観世音菩薩
とても立派な本堂が印象的なお寺さまです。
駐車場は少々わかりにくいですが、境内北側に入り口がありました。
<縁起>~常光寺HPより~
建武3年、足利尊氏が別峯円光国師を奉じて開山した。当時は七堂伽藍、三重の宝塔を備え、大いに栄えたが、その後、火災に遭い衰退。永正年間に赤松義村により再興され、平原山祥光寺とした。天正年間、兵火により再び焼失した。永禄年中、賀古氏入道寿謙が再興の為、当時の領主である池田輝政に願い出て、曇川の林野を拝領し、一宇の殿堂を建立して常光寺と称した。
慶安元年、赤松氏の後裔であたる南室禅師を、姫路の慶雲寺より招請し、中興開山の祖とした。この時、山号を「平原山」を「天徳山」に改めた。間もなく火難に遭い、寺宇、仏像、寺宝等を焼失したが、万治年間、南室和尚により再建された。その後、十一世九方和尚の時代には雲水の修行場となる僧堂が開単された。
播磨西国三十三箇所霊場 客番
<御本尊>
釈迦牟尼仏、文殊菩薩、普賢菩薩
十一面観世音菩薩
とても立派な本堂が印象的なお寺さまです。
駐車場は少々わかりにくいですが、境内北側に入り口がありました。
<縁起>~常光寺HPより~
建武3年、足利尊氏が別峯円光国師を奉じて開山した。当時は七堂伽藍、三重の宝塔を備え、大いに栄えたが、その後、火災に遭い衰退。永正年間に赤松義村により再興され、平原山祥光寺とした。天正年間、兵火により再び焼失した。永禄年中、賀古氏入道寿謙が再興の為、当時の領主である池田輝政に願い出て、曇川の林野を拝領し、一宇の殿堂を建立して常光寺と称した。
慶安元年、赤松氏の後裔であたる南室禅師を、姫路の慶雲寺より招請し、中興開山の祖とした。この時、山号を「平原山」を「天徳山」に改めた。間もなく火難に遭い、寺宇、仏像、寺宝等を焼失したが、万治年間、南室和尚により再建された。その後、十一世九方和尚の時代には雲水の修行場となる僧堂が開単された。


惣門
こちらの手前左側の細い道に少し入ったのち、右側に駐車場入り口があります
こちらの手前左側の細い道に少し入ったのち、右側に駐車場入り口があります

表門

表門の山号額

表門の彫刻
三十三間堂の彫刻を手掛けた彫師によるものという話も。。
三十三間堂の彫刻を手掛けた彫師によるものという話も。。

本堂



納髪塔


稲荷大明神



天神様

鐘楼

おまけ
常光寺とは関係ないのですが、南に500mほどのところを通りかかった際にあまりにもきれいだったので😅
常光寺とは関係ないのですが、南に500mほどのところを通りかかった際にあまりにもきれいだったので😅
すてき
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