むりょうこうじ|浄土宗|月浦山
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無量光寺について
源氏物語ゆかりのお寺
紫式部の『源氏物語』「明石の巻」における光源氏の屋敷「浜の館」のモデルであったという伝承がある。
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明石漁港近くの寺社巡りの続きです。
源氏物語と縁のあるお寺です。
次期大河ドラマの主人公である紫式部「源氏物語」の 「明石の巻」における光源氏の屋敷であった「浜の館」 のモデルであるとする伝承があります。
山号は月浦山 宗旨宗派は浄土宗 ご本尊は阿弥陀如来 です。
開山開基は不明ですが 源氏物語のモデルとなっているのであれば 平安時代には建立されていたことになります。
また 慶長18年(1613年)に中興されたと伝わっています。
門前にある細い道は「蔦の細道」と呼ばれ 光源氏が明石の君に逢うために通った道のモデルとされています。
1945年7月6日の神戸大空襲により全山焼失。
その中で左甚五郎作と伝わる彫刻のある山門だけは焼失を免れ 焼失した本堂と源氏稲荷は戦後に再建されました。
扉は閉められ 本堂への参拝は叶いませんでした。

浄土宗 月浦山 無量光寺
明石西国三十三ヵ所観音霊場 第二番札所
昨年8月にお参りさせていただいた以来ですが、今回は明石西国三十三ヵ所霊場巡りでお参りしました。
第一番札所である実相院さんにお参り後、徒歩すぐのところであるため真新しい集印帳を手に持ったまま無量光寺さんへ。
もともとはここから7kmほど西の江井ヶ島に創建されたそうですが、慶長9年(1604年)琳誉益公上人が現在地に移転して開山されたそうです。
前回投稿でも記載しましたが、源氏物語『明石の巻』の中で、光源氏の屋敷であった浜の館のモデルがこの無量光寺だったとされています。
さらに光源氏がこちらで月見をしたということから、「源氏月見寺」とも呼ばれています。

無量光寺
~源氏物語 蔦の細道 月見の寺
左甚五郎作山門~
明石西国三十三ヶ所観音霊場②
月浦山 無量光寺
宗派 浄土宗
御本尊 阿弥陀如来
札所
明石西国三十三箇所 第2番
聖観世音菩薩
御詠歌
今更に 無量の光り 現せて 報いも晴れよ 月の浦山
源氏物語」のゆかりの地で、光源氏が月見をした寺として知られ、境内には「源氏稲荷」があります。
山門前には、光源氏が明石の上の住む「岡辺の館」へ妻問うときに通ったとされる「蔦の細道」があります。
また、劇作家で評論家の倉田百三氏が逗留するなど文学関係者との関わりが深い御寺です。
平安時代の長編物語である紫式部「源氏物語」の「明石の巻」における光源氏の屋敷であった「浜の館」のモデルが当寺であるとする伝承があります。
門前にある細い道は「蔦の細道」と呼ばれ、光源氏が明石の君に逢うために通った道のモデルとなりました。
慶長18年(1613年)に中興されたと伝わります。
しかし1945年7月6日の神戸大空襲により全山焼失。
その中で左甚五郎作と伝わる彫刻のある山門だけは焼失を免れ、焼失した本堂と源氏稲荷は戦後に再建されました。
源氏稲荷(源氏大明神)
山門 - 総欅造り
彫刻は伝左甚五郎作
御本堂
やはり山門前から 源氏物語のような
文学の甘い世界観と儚さの入交った
上品な雰囲気の素敵な御寺さまです。
明石市大観町10―11
もっと読む無量光寺の情報
| 住所 | 兵庫県明石市大観町10-11 |
|---|---|
| 行き方 |
兵庫県のおすすめ2選🎌
無量光寺の基本情報
| 名称 | 無量光寺 |
|---|---|
| 読み方 | むりょうこうじ |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 078-912-8839 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
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