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楽しみ方神戸神社のお参りの記録一覧
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たつの市の国道2号線沿いに鎮座されている神戸神社。
神戸と書いて「かんべ」と読みます。
2年ほど前に初めて参拝した際、すごく広々とした境内だなという印象を持ちました。
今回久しぶりに参拝しましたが、やはり広々としていて気持ちがよかったです。
<御祭神>
大己貴命(大黒さま)
少彦名命
拝殿内にはしあわせを招くと言われる、三面撫で大黒さまがいらっしゃいます。
私も2年ぶりに撫でさせていただきました。
毎年10月10日には秋祭が開かれますが、別名「菜くわずの祭」とも呼ばれているそうです。
その昔、「弘法大師が全国行脚の途次小川で菜を洗う老婆に菜を所望されたが老婆はこれを固辞、菜を食べた老婆は腹痛に苦しんだ。以後秋祭の日に菜を食すと腹痛をおこす」とのこと。


ご由緒 御祭神の鎮座されているこの地は、古く播磨風土記(西暦715年頃編纂、現存に「此ノ山ニ岩神(いわがみ)在リ故神山ト號(なづ)ク」とあり山頂に巨岩があって神の宿る霊地として往古より畏敬されてきました。
時は室町時代 応仁二年(西暦1468年)三月の午の日、播磨国の一ノ宮宍粟郡の名神大社伊和神社より御分霊を勧請し 十月第二の午の日を午祭と定め、秋例祭として五五〇余年継承してきました。
この祭が「菜くわずの祭」とも言われる由縁は、『弘法大師が全国行脚の途次小川で菜を洗う老婆に菜を所望されたが老婆はこれを固辞、菜を食べた老婆は腹痛に苦しんだ 以後秋祭の日に菜を食すと腹痛をおこす』という伝承との習合により葉物野菜を食さない風習があります。よって当社を別名「菜食わずの宮」ともいわれます。
昭和五十二年本殿を新造営の際巨岩が出現、石神さまとしてお祀りし現在に至ります。
神戸神社HPより

兵庫県たつの市にある神社です。
主祭神は大己貴命(おおなむちのかみ)、少彦名命(すくなひこなのみこと)です。
こうべ神社ではなく かんべ神社と読みます。
1200年もの由緒正しき歴史を持つ神社ですが 宮司不在の時期があったそうです。
第二次世界大戦中に 神戸神社を建て直すために 太子町の阿宗神社より 県内で神職を務める一族の室崎氏が建て直しに入られたそうです。
境内はとても広く6000坪もあるそうです。
昭和末期に もともとあった宮山を造成して今の境内を整えられたそうです。
きれいに整備されており 結婚式やお宮参りなど 多くの氏子さんがお参りに来られているようです。
この日もお宮参りに来られており 写真撮影を少し遠慮させていただきました。

兵庫県たつの市を流れる揖保川の西側、JR山陽本線「竜野」駅のすぐ近くになります。
神戸市に住んでいる者として「神戸神社」と見ると、参拝せずにはいられません。
と言ってもこちらの「神戸神社」は「かんべ」と読みます。
まず駐車スペースの広さには驚きです。
舗装されている部分は月極契約者の方用とのことで、参拝者は舗装されていない部分に自由に停めることができます。
階段を上り、鳥居を抜けると正面に拝殿があり、その両脇には石灯籠が並んでいました。
鳥居や玉垣、狛犬などかなり新しく、比較的最近修繕されたようでした。
この日はちょうど拝殿内でお宮参りのご家族がご祈祷を受けており、とても可愛らしい赤ちゃんですくすくと元気に成長してほしいものです。
主祭神 大己貴命
配祀神 少彦名命 誉田別命(応神天皇) 息長帯比売命(神功皇后) 大物主命
<御由緒>神戸神社HPより
御祭神の鎮座されているこの地は、古く播磨風土記(西暦715年頃編纂、現存に「此ノ山ニ岩神(いわがみ)在リ故神山ト號(なづ)ク」とあり山頂に巨岩があって神の宿る霊地として往古より畏敬されてきました。
時は室町時代 応仁二年(西暦1468年)三月の午の日、播磨国の一ノ宮宍粟郡の名神大社伊和神社より御分霊を勧請し 十月第二の午の日を午祭と定め、秋例祭として五五〇余年継承してきました。
この祭が「菜くわずの祭」とも言われる由縁は、『弘法大師が全国行脚の途次小川で菜を洗う老婆に菜を所望されたが老婆はこれを固辞、菜を食べた老婆は腹痛に苦しんだ 以後秋祭の日に菜を食すと腹痛をおこす』という伝承との習合により葉物野菜を食さない風習があります。よって当社を別名「菜食わずの宮」ともいわれます。
昭和五十二年本殿を新造営の際巨岩が出現、石神さまとしてお祀りし現在に至ります。


神戸神社(かんべ神社)
主祭神 大己貴命
少彦名命
別名 なくわずの宮
例祭 秋祭(菜食わずの祭り)
10月10日
相殿 能見宿彌神社
玉嶋稲荷社
境内社 八幡宮
金刀比羅宮
御由緒
御祭神の鎮座されるこの地は播磨風土記に「此ノ山ニ石神社在リ故神山ト號ク」とあり、山頂に巨岩があって神の宿る霊地として往古より畏敬されてきたが、応仁二年三月午の日に宍粟郡の伊和神社より御分霊を勧請し十月第二の午の日を午祭と定めて五百有余年継承してきた。 この祭が菜くわずの祭とも言われる由縁は、弘法大師が全国行脚の途次に菜を所望されたのを固辞した為、以後秋祭の日に菜を食べた者は腹痛をおこすという伝承との習合によるもので、当神社を「なくわずの宮」ともいう。 昭和五十二年旧本殿を移し三間社流れ造の新社殿を造営し鎮まりまして現在に至る。
(揖保川町史談会掲示より)
御祭神の大己貴命 少彦名命 の神々は、1468年(応仁2年)、3月午の日に、播磨の国の宮伊和神社より御分霊を招きました。
しかし、神戸山は播磨風土紀もあるとおり古来から神の宿る聖地・神山として崇められていて、1200年もの長い歴史を持ちます。
神戸神社の創建年代等は不詳ながら、当地に巨岩があり、石神社として信仰されてきたと伝えられ、応仁2年(1468)には伊和神社を勧請して奉祀、明治7年村社に列格したといいます。当社の例祭は「菜くらずの祭」とも言われ、弘法大師が全国行脚の際に菜を所望したのを固辞したことから、例祭日に菜を食べると腹痛を起こすと伝承されてきたことから名づけられ、菜くわずの宮と称されるとも言うそうです。
2017年(平成29年)5月より宮司に伊藤崇人氏が就任され、新たに年間行事に輪越し祭が加わったそうです。
御神木 旧本殿跡地 石神
広い土地を生かし、境内には多くの桜の木が並び、中島をもつ池や築山があります。結婚式事業を意識したこともあり、庭園として整備されています。
八幡宮 誉田別命(ほんだわけのみこと)応神天皇 息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと) 神功皇后。神戸神社の八幡宮は全国的にも珍しいそうで、2社縦に並んでいる末社の後ろ側にあります。基本的に八幡宮は目立つ手前におかれますが、それら二基のうち手前の末社が旧本殿であるため、旧本殿を優先し八幡宮が後ろに隠れているとのことです。
神戸神社秋祭(菜食わずの祭り・10月10日)この日は野菜を食べない習慣が今でも残っているそうです。
由来は、「弘法大師が、小川で野菜を洗っていた女性に、その野菜を欲しいと言ったところその女性は断った。それ以来、秋祭りの日に菜を食べると腹痛を起こすと言われている」となっています。
手水舎の因幡の白兎🐇さまもとてもかわいくて、打出の小槌と因幡白兎の御朱印帳も拝受しました。
たつの市揖保川町神戸北山222
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