なかとみいだてじんじゃ
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楽しみ方中臣印達神社のお参りの記録一覧

揖保川の東岸に鎮座する式内社「中臣印達神社」にあがらせていただきました。
御祭神は五十猛神(イタケルノカミ)。
素戔嗚尊の御子とされています。
創建から1,300年近くの歴史を持つ古社になります。
私が参拝した際には参道の途中から入る形になったため、「鳥居はどこにあるんだろう?」と思いつつ、まずは境内を目指しました。
(帰り際に鳥居を目指してまっすぐ南下すると、境内から約600mほどのところにありました。)
参道の途中からは両脇に石燈籠が立ち並び、境内へと自然と足が進みます。
参道もかなり静かだったのですが、境内に一歩入るとさらに静けさが増した気がします。
とても良い気が流れているというか、居心地がよく穏やかな気持ちになっていくのが感じられました。
御朱印は参道途中にある宮司様宅でいただけるようだったのですが、ご不在だったようで今回はご縁がなかったようです。
<御由緒>~兵庫県神社庁HPより~
創建は宝亀元年(770)。『延喜式』に名神大神とあり、古社であり、大神でもある。
五十猛神は父神であられる素戔鳴尊とともに天照大神が驚きになられるぐらいの、又、国内が混乱するぐらいの新しい文化・文明を大陸より移入。それ以降、国内の農耕・文化・文明は大変な発展をとげたとされる。
これより、ご霊験あらたかな神と信仰が篤い。そして、大陸・朝鮮半島より樹木の種を持ち帰ったことにより、植林の神とも伝えられている。
近年では困った時の神頼みの神社として、一言心願成就が密かに人気である。


参道脇の石燈籠


手水


拝殿






本殿と拝殿

御神木越しの拝殿

本殿


木種神社

天満宮

薬司神社(権現さん)


舞殿

参道脇の厳島神社


鳥居近くにあった渡御屋

兵庫県たつの市にある神社です。
ご祭神は五十猛命(いそたけるのみこと)です。
大字名の中臣(なかじん)に鎮座することから 地域では音読みのナカジン-インダツ神社と呼ばれるそうです。
式内社である阿波遅神社を合祀しています。
宝亀元年(770年)の創建と伝えられているものの その他の由緒については詳らかでありません。
今の建物は 万延元年(1860年) 造営のようです。
鳥居から拝殿までの参道の両脇は 自然がそのままにされています。
その中に 変わった狛犬と神馬 歴代の鳥居の社標(と呼ぶのでしょうか?)が見られました。



拝殿



薬司神社

天満宮

木種神社





厳島神社

播磨国揖保郡の名神大社です。素戔嗚尊さまの御子神である五十猛命さまを祀っており、親子揃って大陸から植物の種の他に農耕や文化文明を持って帰ってきたとされています。

《一の鳥居》

《表参道》
写真左側のおうちが神主さん宅で、御朱印いただけました👏
その直後に宮司さんは勤めの別の神社へ出社されていきました。

《境内》
実はここまでこちらの参道には獅子狛犬さんが全くいないのです。早めに気付いてたら聞いてとけば良かったですね…

《神馬像・狛犬像》
一応いないわけではないのですが境内の外れにあり、しかも子犬のように小さいです。
すごい意味ありげですよね…

《手水舎》
蛇口を捻ると水が出ます。

《由緒書き》
👁チェックポイント‼️
五十猛命さまは他に紀伊国一宮の伊太祁曽神社にも祀られており、同じく全国に木を植えたとする伝説は共通していますが、大陸から文化文明を持ち込んだというのはここで初耳です。播磨国は風土記が遺る5ヵ国の一つなので、歴史的に見ても持ち込んだモデルがいたのでしょうか。

《社号碑》
当社には同じく式内社の阿波遅神社が合祀されています。なぜか社号碑には"阿波庭神社"って彫られているのは何故なのか…

《拝殿》

《本殿》
入母屋造ですね。扉が二つあるのは阿波遅神社の分でしょうか。

《十二所権現社》
中世に社殿背後の中臣山が両部神道のため修験者が建てたものです。もともとは山頂にありました。
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