おおさけじんじゃ
大避神社へのアクセス
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駐車場に関する投稿

境内は、摂社末社の狛犬まで、みなマスクをされておられ、心安らぐお社でした。
境内や参道からも海が眺めました。
車は、海沿いの赤穂市の坂越駐車場に停めさせていただきました。奥に停めるとちょうど参道前となります。
鳥居
神門
狛犬
境内
御朱印

兵庫県赤穂市坂越に鎮座する大避神社さんに初参拝。
参道南側にある観光駐車場に車を停めさせていただきました。
日本遺産に認定されている坂越の街並みをゆっくりと散策したいところだったのですが、既に夕方も近付いてきていたため、散策は断念して大避神社へと向かいました。
拝殿から横に続く絵馬堂には、様々な絵馬や祭礼の船渡御に使用された楽船が展示されていました。
また拝殿で参拝後、ふと見上げると拝殿天井には花鳥獣画がありました。
大避神社の「坂越の船祭」は、300年以上の歴史があり、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
毎年10月の第2日曜日に神幸式が行われるそうで、御祭神の秦河勝公の御分霊を御輿に乗せ、坂越湾に浮かぶ生島にある御旅所に向け和船で御渡しする神事です。
<御祭神>
主祭神:大避大明神(秦河勝公)
配祀神:天照皇大神 春日大神
この御祭神である秦河勝公とは。
参道入り口の案内板に以下のように記されていました。
『秦氏は百済から渡来して帰化した弓月君を祖とし、土木、養蚕、機織などの技術を発揮して、大いに栄えた古代氏族です。
その中でも秦河勝は、飛鳥時代前半(6世紀末~7世紀半ば)に聖徳太子に仕え、山背国葛野郡太秦(現在の京都府京都市右京区太秦)に広隆寺を創建したことで有名です。
大避神社の縁起によれば、秦河勝は聖徳太子死後の皇極3(644)年9月12日に、蘇我入鹿の乱を避けて海路で坂越に漂着し、千種川の開拓を進めたのち大化3(647)年に坂越の地で没したと言われています。
坂越湾に浮かぶ生島(樹林は国指定天然記念物)には、秦河勝の墳墓と伝える古墳が今も残されています。』
参道はゆるやかな坂道
社号標
階段を上がった先に随神門
随神門の外側には右大臣と左大臣
随神門の内側には仁王像
拝殿
拝殿内の天井画
本殿
楽船
絵馬の一つ
淡島神社
新宮
恵美須神社
天満神社
随神門前からの景色
向こうに見えている島が生島
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