おおものぬしじんじゃ
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大物主神社の御由緒・歴史
ご祭神 | 《主》大物主大神,市杵島姫命,湍津比売命,田心比売命,《配》天照皇大神,住吉大神,春日大神,荒神(こうじん),菅原道真,恵比須大神 | |
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ご由緒 | 今を去る二千余年前第十代崇神天皇の御代日本全土が悪疫病にさらされ滅亡寸前になった時帝が御幣を大物主大神に奉り平癒を祈願されたその時大和三輪山に大物主大神が祀られ命を受けて大神八世の御孫大田田根子命の後裔鴨部祝が祖神様を当地に奉斎したのが始まりである。くだつて平治元年(1159)平相国清盛が芸州厳島参拝の時祭神市杵島姫命を此の大物の社に合祀した。当時の大物の沖合は謠曲や浄瑠璃の舟弁慶千本桜などにも謳はれているその頃。「若宮」と呼ばれていた鎌倉の始め大物の浦から舟出した源義経主従も神社隣に宿をとり無事平安を祈ったといはれている。その後寛永年間約350年前宗像三柱神の故事に習って多岐都姫命、多紀理姫命を合祀、又相殿神として西宮大神、菅原道真公等が配祀されている。 | |
歴史 | 歴史[編集] 社号標 1937年(昭和12年)建立 社号[編集] 江戸時代までは大物社、大物若宮、若宮社、若宮弁財天、若宮八幡等と称され、明治初年の神仏判然令公布以降、主祭神を大物主と制度上確定した際に現社号となった[1][2]。 伝承[編集] 当時点在した三角州の一つに祀りの場として大物主の社が建てられた。創建者として、大物主の子孫・大田田根子[注釈 1]のさらに子孫となる鴨部祝[注釈 2]、あるいは氏族の一人が関わっている[2]。 平安時代後期には、安芸守であった平清盛が厳島神社の祭神を勧請合祀。当社に近く、海上交通の要所かつ難所であった大物浦の安全を祈念した。その後、源頼朝から...Wikipediaで続きを読む | |
引用元情報 | 「大物主神社」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%A4%A7%E7%89%A9%E4%B8%BB%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=96225622 |
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