長洲天満宮と大物線をはさんで西向いにあるお堂。山門に鳥居があるので「ん?」となりますがお堂には「海臨寺」の扁額も。お堂内には観音様(だと思う)と脇侍の姿も。雨降りだったのでお詣りしてあとにしました。
調べてみると海臨寺は西長洲村にあった真言宗高野山大聖院の末寺で、もともとは天満宮と同じ境内だったとのこと。なのでもともとは天満宮が鎮守社だったのかもしれません。戦前・戦後の都市開発で分断されるように大物線が開通し、海臨寺跡は押し込められる形で残されています。
海隣寺にあった寺子屋は長洲小学校となり今もその伝統を受け継いでいるそうです。