あらたはちまんじんじゃ
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楽しみ方荒田八幡神社のお参りの記録一覧
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神戸市兵庫区にある神社です。
(危ない危ない投稿とばすところだった)
神大病院の近くにあります。
住宅街に荒田八幡公園があり これはもと境内かなぁけっこう広いです。
公園から見て東側に神社があり 鳥居は公園向き(西向き)にたっています。
公園では子供たちが遊んでいました。
少しスロープを上がるような感じで境内に入ります。
手水舎は花手水になっていました。
造花だったのが少し残念ですが 仕方がないですね。
社殿は境内社にいたるまですべてが新しいです。
安徳天皇行在所址の碑があり この近くは平頼盛の山荘があったので 都から西に逃れる平氏にとっては大切な地だったのでしょう。
立派な拝殿でご挨拶できました。
拝殿のすぐ右手には境内社の清荒社・高田稲荷社があります。
こちらもぴっかぴかの朱色。
祠の前には鏡と狐さんと大黒様。
少し高台になっているので 昔昔は福原京を見渡すことができたのだろうと思いました。
社務所は無人でしたので御朱印は拝受できませんでした。
ネット情報です。
御神祭は応神天皇(おうじんてんのう)・素戔嗚尊(すさのおのみこと)・安徳天皇(あんとくてんのう)です。
荒田八幡神社は古くは高田神社といい 荒田村字一町田に鎮座していました。
そこでは熊野権現を祀っていたため その森を権現の森を言っていましたが のちに すぐ西にある宝地院境内にあった八幡社を神仏混淆をさけて 明治31年(1898年)にここに合祀して 荒田八幡神社とされました。
神社近辺の土地は 周囲より一段と高く この高台付近が都として重要な地であったと考えられます。
荒田八幡神社の土地は 平清盛の弟・池大納言平頼盛の山荘であり 治承4年(1180年)6月3日の福原遷都の際には安徳天皇の行在所となりました。
いわゆる今日でいう皇居であり 現在 境内には安徳天皇行在所跡の碑が立っています。
この頼盛の別荘については 高倉天皇の「厳島御幸記」に「申の刻(午後4時)に福原に着かせ給う。…あした(あらた-荒田)といふ頼盛の家にて笠懸(かさかけ)流鏑(やぶさめ)など仕うまつらせ 御覧せらる。日暮れ帰らせ給う。」という記述があり 広い邸内であったことが推測されます。
また 邸内は一段高く 昭和13年(1938年)7月の神戸大水害の時にも 付近一帯泥海のなかで島のように見えるほどでした。
こうした日本の歴史の一端を担い また神戸の史跡として重要な役割を果たし 「平家ゆかりの地」としても有名です。
ところが 昭和20年(1945年)3月の神戸大空襲によって社殿が焼失してしまい 仮社殿を再建し40年が経過した昭和60年(1985年) 現在の新社殿の建立となりました。
昭和55年(1980年)6月3日 神戸にとって歴史的意義のある福原遷都800年を迎え 神戸市及び郷土史家の方々の手によって「福原遷都八百年記念碑」が建設されました。
荒田八幡神社は厄除の神様として知られ 古くから兵庫県下一円より厄除大祭(1月18日、19日、20日)には参拝者で賑わっています。
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