御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

ながたじんじゃ

長田神社のお参りの記録一覧
兵庫県 長田(神戸市営)駅

1 / 6ページ1〜25件135件中
ダイエットブッチャー
ダイエットブッチャー
2026年10月05日(月)127投稿

海神社から山陽電車で長田神社へ

鳥居の手前から見える夥しい数の鳩たち...皆さんリラックスモードで私もリラックス。8月下旬の暑さが和らいだ気がした笑

神門を通過し、参拝。
色は褪せているが朱塗の社殿、極彩色の彫刻たちは目を引く。
帳には菱菊紋。
入母屋造の拝殿の左右から透塀でぐるりと本殿を囲う。

両脇には多くの末社群と後方には楠宮稲荷社
拝殿脇が回廊になっていて本殿を間近で拝める。中々凝った造りの摂社。
さらに後方には御神木。かなりのサイズだったが痛恨のミスで撮影し忘れ...

▼式内大社
旧官幣中社

▼事代主神

▼『日本書紀』の神功皇后摂政元年の条によると、皇后が三韓征伐から難波(大阪)へ帰還する途中、「武庫の水門(むこのみなと=現在の神戸市兵庫区・長田区周辺の沿岸)」で船がにわかに進まなくなりました。
そこで神意を占ったところ、宮中八神の一柱でもある有力な国津神・事代主神(ことしろぬしのかみ)が容れ現れ、以下の神託を授けました。

「吾(あ)を御心(みこころ)長田の国に祠(まつ)れ」
(私の神霊を、お前の心に留まった長田の国に祀りなさい)

皇后はこの命に従い、山背根子(やましろのねこ)の娘である長媛(ながひめ)という女性を奉仕者(初代斎主)に任命して、この地に神を祀らせました。これが長田神社の始まりです。

廣田神社、生田神社と同様ですね。

▼古代、神社を維持・管理するために朝廷から免税特権を与えられた民戸を「神戸(かんべ)」と呼びました。
長田神社には、この祭儀を支える護持の民として41戸の神戸が与えられました。生田神社などと共に、この「かんべ」が周辺一帯に多く配置されたことが、のちに転訛して現在の「神戸(こうべ)」という都市名の語源になったとされています。

▼震災からの復興と地域への貢献:平成7年(1995年)の阪神・淡路大震災では、境内の鳥居や灯籠が倒壊し、社殿も半壊する甚大な被害を受けました。しかし、神社は震災当日から境内や参集殿を臨時避難所として即座に開放。約1ヶ月間にわたり約150名の被災者を受け入れ、地域の炊き出しや支援のコミュニティ拠点となりました。その後、氏子や市民の尽力により、平成12年(2000年)に見事復旧を遂げています。

阪神淡路の震災時は九州に居ながら神戸市長田区というワードは連日TVで見聞きしていたなぁ...

熊本の復興を切に願うばかりです...

もっと読む
御朱印背景
NEWSLETTER

最新の限定御朱印情報が届く!

御朱印メルマガを受け取ろう

※購読はいつでも解除できます。利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに同意したものとみなします。
This site is protected by reCAPTCHA and the GooglePrivacy Policy andTerms of Service apply.
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ