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王地山まけきらい稲荷のお参りの記録一覧
兵庫県 篠山口駅

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きどっち
きどっち
2022年08月30日(火)1511投稿

丹波篠山市の篠山城跡周辺を散策していて、大きな赤鳥居が見えたので吸い込まれるようにお参りしました。
まけきらい稲荷って何だ?と最初は思いましたが、由来を読んで納得しました。
参拝される方は多くないものの、絶えることはありませんでした。
勝負運もつきそうだし、お稲荷さま好きの方はぜひお参りするとよいかも。

「まけきらい稲荷」の由来
青山忠裕公が笹山藩主だったころ、将軍様御上覧の大相撲が毎年あり、篠山藩の力士は負けてばかりだったそうです。
あるとき、負け嫌いだった忠裕公が屋敷にこもっていると、国もとから十人ほどの力士がやってきたという。
その者たちの名前は、王地山平左衛門、波賀野山源之丞、飛の山三四郎、黒田山兵衛、小田中清五郎、須知山道観、曽地山左近、頼尊又四郎、それに行司の金山源吾。
全員勝ち星を重ね優勝をしたので、忠裕公がご機嫌で屋敷に戻ると皆国もとへ帰ったという。
忠裕公は家来たちにすぐ呼び戻させたが、どこにもおらずついには篠山城まで着いてしまい、城代家老にこのことを話すと、そんな名前の力士はいないという。
城下の名主を呼び集め訪ねると、ひとりの名主が「みなお稲荷さまの名前では」と気付いた。
この話を聞いた忠裕公は、それぞれの稲荷に幟や絵馬を奉納して感謝した。
これが「まけきらい稲荷」の起こりだとのこと。

縁起(まけきらい稲荷HPより)
『当山鎮座蜷寵吒枳尼天王(稲荷大明神)は、伝教大師最澄聖人一刀三礼の御尊像にして、松平伊豆守陣中守護神として帰依せされ、養子安房守信吉公、慶長八年常州土浦に実母菩提の為に妙長山本経寺を建立し、時の高僧持経院日泉上人を開山とし、境内に併せて堂宇を建立、吒枳尼天王の霊像を鎮守神と勧請し奉り日泉上人をして給仕せしめられる。

其の後、元和五年、安房守信吉公当丹波篠山の城主に転封の砌り、霊像を奉持し来って今の王地山に地を賜りて鎮座し奉る。爾来王地山稲荷大明神と云う。当山に鎮座されて約四百年、諸人の参詣日々絶えず。御利生を蒙る者数知れず。商売繁盛、開運大勝利、就職成就、進学成就、受験合格等の外、危難を遁れ、家運を起こし、疾病、医薬の及ばぬ苦悩を除きたまう等御神徳の顕著なる事広く諸人の知れる所なり。

境内に能勢妙見宮分社、岡山最上稲荷眷嘱日車天王分社、子育鬼子母神等の外、王地山稲荷御眷嘱の末社数社有り。中にも平左衛門稲荷大明神は、時の城主青山公の面目の偽力士と化神され、江戸吹き上御殿にて将軍上覧大相撲に全勝す。飛山、頼尊、波賀野、小田中、曽地、須知、金山、高城、黒田等の各地の稲荷は、いずれも化神力士としれ活躍す。

爾来、勝利守護まけきらいの神として其の御威光は善く諸人の知る所なり。是処に其の由来の大略を誌す。』

王地山まけきらい稲荷の鳥居

大鳥居

王地山まけきらい稲荷のその他建物

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