ちゅうおうじ|曹洞宗|實相山
中央寺の御由緒・歴史
ご本尊 | 釈迦牟尼佛 | |
---|---|---|
創建時代 | 1874年(明治7年) | |
開山・開基 | 西有穆山 | |
ご由緒 | 明治七年八月西有穆山師曹洞宗管長代理として來道せられ、本道各地を巡回し
翌八年大教院派遣少講義小松卍宗師渡道して中教院に昇格す、小松師假教場を
後廿一年に至り舊境内地は布教上不便なるに依り、現境内地を購求し豫め移転
小松師は開創の功勳を捨てゝ、自ら第二世に位し、大本山永平寺第六十一世勅
第三世松偃大和尚は堂宇の増築を爲し、又大正四年十一月大正天皇御即位記念
その後董として尾崎文英大和尚、本山特選にて盛岡市報恩寺より轉住せられ、
仍て第五世橘成典大和尚、本山特選により遠州大洞院より喬遷せらる、橘師は
而して現在福井天章和尚、千葉縣眞如寺より轉住せるは同年十二月廿日なりと
若それ事業面に就いて記録せんか、先年三澤師代に鑄造せられし梵鐘は戰時中
| |
歴史 | 歴史[編集] 1874年(明治7年)創建[1][2][3]。開基は總持寺東京出張所の役僧を務めていた西有穆山(のち総持寺貫首)[1][2]。西有は1874年8月に開教の命を受けて渡道し[3]、各地を巡回した後[4]、開拓使に赴き大判官の松本十郎を説き伏せて[3]、現在の中央区南2条西9丁目に小教院建設用の敷地1620坪の提供を受けた[1]。同年12月に西有に随行していた小松萬宗(のち二世住職)の指揮により、同地に札幌小教院が建設された[1][3]。翌年中教院に昇格し[1][5]、1879年(明治12年)には本堂が完成した[5]。1881年(明治14年)曹洞宗宗務支局と改称し[5]、翌18...Wikipediaで続きを読む | |
引用元情報 | 「中央寺 (札幌市)」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E5%AF%BA%20%28%E6%9C%AD%E5%B9%8C%E5%B8%82%29&oldid=102214462 |
歴史の写真一覧
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ