なかのたけじんじゃ
中之嶽神社群馬県 西松井田駅
参拝は24時間可能
社務所
午前10時~午後4時
御朱印(3種類)
中之嶽神社では、4種類の御朱印をいただけます。
そのなかからホトカミに投稿された3種類を紹介します。
また、季節や行事に合わせたカラフルな御朱印が頒布されています。
中之嶽神社・甲子大國神社の御朱印
二社見開きの御朱印で、上部に「妙義山大福神 日本一のだいこく様」のイラスト印、真ん中に祥福の朱書き、下部に紫の印、右面は真ん中に中之嶽神社と書かれ、右上に妙義金洞山鎮座の印、右下に登拝の文字、真ん中に中之嶽神社の印、左面は真ん中に甲子大國神社と書かれ、左上に運気上昇の印、真ん中に印が押されています。
中之嶽神社の始まりは、太古に波己曽神(はこそかみ)を祀った社とされています。
波己曽とは妙義の岩峰を意味しますが、中之嶽神社は轟岩(とどろきいわ)を御神体としているため、本殿を持たない珍しい様式となっています。
一方、中之嶽神社の境内社である中之嶽大国神社の御祭神はだいこく様(大国主命)で、境内にはビル7階建ての高さに相当する「日本一のだいこく様」がそびえ立っています。
だいこく様の御縁日が気が栄える甲子(きのえね)の日に催されることから、甲子大国神社とも呼ばれています。
昨日あまり良いことが起きないので、急遽どの知鹿社務所が開かない神社を含めて富岡方面に出立。以前妙義神社へ母と参拝した時に次に行く予定でしたが、母が疲れて断念していました。息も帰りもした道のみでしたので疲れましたがなかなかの神社です。妙義国立公園の駐車場に停め、振り返ると妙義の山が迫りくる近さ。生憎の天気で全容は見えませんでしたが、よく高速から見える切り立つ奇岩の山が間近に見えて感激。朱の鳥居を潜り境内へ。山中にあるためそれほど広くはありません。まずは前宮の大国¥神社へお参り。そこそこの参拝者が居ました。次はいよいよ奥宮へ。石段の前に建つと急な斜度で、前日、当日とも悪天候のため滑りやすくなっていました。更に石段は苔むしていて本当に怖い!手すりが無ければ無理かも。がっちり手すりを掴み、へっぴり腰で登り切りました。ゆっくりと登ったため疲労はありません。迫りくる轟岩に食い込むように拝殿、幣殿が建っています。眺望は望めませんでしたが、登拝する価値十二分にあります。下の授与所でしゅるお豊富な御朱印の中から基本のものを戴きました。(後で気づいたのですが、先に御朱印帳を預けるのを推奨していました。)
昭和四十三年(1968)奉納の一の鳥居
社号標
社号標
文化三年(1806)奉納の灯篭
元内閣総理大臣、中曽根康弘句碑「ふるさとに 澄める空あり 雁渡る」
狛犬
灯篭
二の鳥居
平成十七年(2005)奉納の日本一のだいこく様
参道と昭和卅年(1955)竣工の神橋
橋の下は水は流れていませんでした
手水舎
手水盤
昭和四年(1929)奉納の灯篭
灯篭
石段
前宮 中之嶽大国神社
文化三年(1806)奉納の灯篭
灯篭
昭和廿八年(1953)奉納の狛犬
奉納したのは若かりし元内閣総理大臣、福田赳夫
昭和十五年(1940)奉納の灯篭
狛大国かな?ちゃんと左右阿吽の口になっていました。こちらは開運の大国様
厄除の大黒様
野球だいこく
拝殿
扁額「大国神社」
拝殿内天井画「祥運の龍」
本殿
縁切玉
茨城県那珂湊甲子講登拝弐拾五周年記念碑
宝暦三年(1753)奉納の灯篭
昭和九年(1934)建立の社号標「中之嶽神社」
鳥居
石段
天保十四年(1843)奉納の手水盤
狛犬
石段
灯篭
狛犬、相当古そうでしたが、詳細は不明
明和三年(1766)奉納の灯篭
灯篭
石段 この辺りから腰が引けてきます
御神体の轟岩が見えてきました
石段上から
天保十四年(1843)奉納の灯篭
轟岩
奥宮拝殿
幣殿
灯篭
長清道士之碑案内板
安永七年(1778)建立の長清道士之碑
歌碑
「七つの神玉を集めたら願いを叶えてしんぜよう」
って神様がおっしゃっております🐲 ので
やらない選択肢はぬぁーい🙆♂️ つー事で
心を込めて集めさせて頂きます🫡題して
『神様大好きおんぶにだっこドラゴンボールin群馬編』
六社目は中之嶽神社へ⛩
御祭神は日本武尊になります☀️
日本一大きな大黒様がおられます。
是非ともご利益にあやかりたく参拝させて頂きました。
この度は12月限定の金銀御朱印をお受けしました⭕️
名前の書き入れをしてくれましたので
一部消させて頂きました。
夢を願いを叶えてちょうだいませませ🙇♂️
鶴舞う形の群馬県ですから
きっと七つ集めたら神の御加護があるでしょう🌈
つ・か・も・う・ぜ❗️ドラゴンボール🐉
世界でいっとー神玉巡り🎵
中之嶽神社参拝⛩
群馬県1/5
本日はこちらの神社に行きたくて、群馬県まわってきました。
剣を持った日本一の大黒様がいらっしゃるのを見れてテンション上がりました。
本日は天気が良く、車で山⛰大分登りましたが道に雪などは全くなく、9時頃でしたが日陰部分も凍結もなくノーマルタイヤでアクセス可能でした。
中之嶽神社さんのホームページでも道路状況案内されてます。
妙義山の山に囲まれて、神々しい雰囲気に包まれた聖域でした。
剣を持った大黒様
打ち出の小槌を持った大黒様
鳥居の奥に金色の大黒様がいらっしゃる
売店
社務所
こちらが日本一の大黒様
中之嶽大黒神社社殿
天井の龍
甲子大黒神社とあり
野球の絵馬が多数ありました。
中之嶽神社石段参道
大黒神社の手前右手にあり
石段見て えー これ登らないといけないの?と思いました。
急な石段のぼりました。
中之嶽神社社殿
後ろの轟岩が🪨御神体
龍の🐉彫り物が
打ち出の小槌みくじ
書き入れしていただきました。
凄い上手で感動。
こちらも書き入れ、素晴らしい👏
名称 | 中之嶽神社 |
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読み方 | なかのたけじんじゃ |
通称 | 武尊さん |
参拝時間 | 参拝は24時間可能
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御朱印 | あり 中之嶽神社と甲子大国神社の御朱印があります。季節ごとの限定御朱印も。
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限定御朱印 | あり |
御朱印帳 | あり |
電話番号 | 0274-82-5671 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
ホームページ | http://www.nakanotake.com/ |
神玉巡拝 上州神玉巡拝 |
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ご祭神 | 《合》伊邪那岐命,伊邪那美命,品陀和気命,石凝留命,菊理比咩命,大山津見命,大山咋命,宇迦之御魂命,宗良親王,八衢比古命,八衢姫命,大日霊命,天児屋根命,《主》倭武尊,建御名方命 |
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体験 | 御朱印 |
概要 | 中之嶽神社(なかのたけじんじゃ)は、群馬県甘楽郡下仁田町上小坂にある神社である。祭神は奥社が日本武尊、前宮が大国主命。旧社格は村社[2]。 |
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歴史 | 歴史[編集] 東征の折山中の賊を討伐したとの伝承から、日本武尊を祀る[1][2]。創建は白鳳2年(7世紀後半)とも[2]、欽明天皇の御代(6世紀)に妙形氏によって創建されたとも伝わる[3]。大国主命は嵯峨天皇の御代(809年 - 823年)、弘法大師空海によって祀られたとされる[1][3]。 寿永元年(1182年)藤原祐胤という人物が神剣を奉斎したという[2][3]。正平5年(1350年)藤原冬房の弟・無夢上人が祠堂を守ったという[1][2]。 元和3年(1617年)、後北条氏の家臣であったという加藤長清という人物が再興を行った[1][2][3]。 江戸時代には金洞山巌高寺という別当寺が...Wikipediaで続きを読む |
アクセス | アクセス[編集] いずれも上信越自動車道。 上越・長野方面から 松井田妙義インターチェンジから15分 東京・高崎方面から 下仁田インターチェンジから25分 なお、公共交通機関で当地を訪れることはできない。 |
引用元情報 | 「中之嶽神社」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E4%B8%AD%E4%B9%8B%E5%B6%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=102376564 |
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