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浄土宗

正覚寺のお参りの記録一覧
群馬県 沼田駅

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かおり
かおり
2026年05月23日(土)1991投稿

真田信幸の妻、小松姫のお墓があります。

個人的な感想を言うと、立派なお寺だなあ。であった。
とにかく、車と人の出入りが多く、写真を撮るのに苦労した。
山門はやはり人を写したくないのと、消しゴムマジックも大変なのだ。

正覚寺(しょうがくじ)は、群馬県沼田市鍛冶町にある浄土宗の寺院。山号は法蔵山、院号は大蓮院、本尊は阿弥陀如来。
真田信之の正室である小松姫の墓、沼田出身の実業家・政治家である久米民之助の墓がある。境内のシラフジは沼田市名木百選に選ばれている。
応永13年(1406年)、上野沼田氏が群馬郡小窪(現・高崎市国分地区)へ侵攻した際に同地から阿弥陀仏を持ち去り、家臣の高橋外記と桜井伊織が出家しそれぞれ法増(蔵)坊・正覚坊と名乗り、根岸村(現・沼田市榛名町)に阿弥陀仏を本尊として草庵を結んだのが始まりと伝えられている。天正2年(1574年)に誓故上人によって鍛冶町に移され法蔵山正覚寺と称し、これを以て中興開山とする。
天正17年(1589年)、真田氏家臣で名胡桃城城代・鈴木主水が後北条氏家臣の猪俣邦憲の謀略によって城を奪われた責任を取り、当寺で自害したと伝えられている。
慶長5年(1600年)、真田信之と袂を分かった父の真田昌幸が沼田城に立ち寄ったところ、甲冑を身に付けた信之の妻・小松姫が開門を拒み女丈夫と謳われたという逸話があるが、その後、当寺に昌幸の一行を案内し酒肴でもてなしたとも伝えられている。
慶長17年(1612年)、真田信之が沼田の町割りを行った際、小松姫によって寺領が与えられ現在地に移設されたという。元和6年(1620年)に小松姫(大蓮院)が没すると当寺に葬られ、当寺は「大蓮院」を院号に冠し彼女を開基としている。小松姫から寄進されたと伝えられる「絹本著色地蔵十王図」と、彼女の宝篋印塔が残されている。また小松姫の実家である本多家から立葵紋の使用を許されたという。

小松姫は徳川家の重臣本多忠勝の娘で、徳川家康の養女となり天正17年(1589)に、真田信之(幸)に嫁いだといわれ、家康が若い大名を列座させて婿を選ばせたところ、最も落ちついて堂々とした所作の信之に、姫が心を動かされ進んで信之を選んだとの逸話が伝えられています。

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