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ふるみねじんじゃ

古峯神社
群馬県 成島駅

パーキング
駐車場
あり

あり

御朱印について御朱印
-
ありません

古峯神社について

明治元年に多々良沼の守護神として、前日光の古峯神社を勧請
多々良沼は日本武尊の化身、白鳥の飛来地

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古峯神社の基本情報

名称古峯神社
読み方ふるみねじんじゃ

詳細情報

ご祭神《主》日本武尊
ご神体古峯神社本宮の御札
創建時代明治元年(1868年)
創始者沼持一同
本殿石祠
ご由緒

当社は多々良沼の守護神として明治初年沼持一同により現在の栃木県鹿沼市草久古峯ヶ原古峯神社 祭神日本武尊を勧請した
然しこの神社との関係は更に古く江戸時代中期の沼争論の頃の古峯信仰に因由するか
以後尊崇をあつめ越えて大正十年 一九二一年 三月石宮に改めるなど奉斉につとめてきた
たまたま昭和五十三年 一九七八年 一月十三日奇しくも祭神日本武尊と深いかかわりをもつ白鳥が多々良沼に飛来以来例年越冬を続けている
このたび館林市多々良沼公園野鳥観察棟完成に当り白鳥と古い因縁をもつ古峯神社を三度整備拡充し神徳の隆昌と将来に予定される県立自然公園にふさわしい環境の保存を望んでやまない
平成四年十一月吉日
日向漁業協同組合員一同
(神社由緒碑より)
――――――――――
【多々良沼の地名縁起】
奈良~平安時代頃より、利根川の流れや赤城下ろしの強風が運んできた砂に含まれる豊富な砂鉄を用い、沼の北岸で蹈鞴(たたら)製鉄が行われてきた。
伝承によれば、天慶二年(939年)藤原秀郷が平将門との戦いを前に武器を作るため、河内国丹南郡より5人の鋳物師を招き金屋寺岡(足利)に住まわせたことに由来する(この流れは後に佐野の天明鋳物となる)
万寿二年(1025年頃)宝日向とその一族が沼の北岸に居を構え、沼の水質が鋳物に適するので蹈鞴をすえて釜などを作り始めた。
これが「多々良沼」とその北に隣接する「日向」の地名縁起である。また一族が荒れ地を開墾して新田を作ったことから沼西岸の「鶉新田」の地名も残る。
元亀元年頃(1570年)戸数7戸の宝日向の子孫は他の土地に去っていった。これは545年に渡って行われた製鉄で、燃料が枯渇してしまったためであるという。
冬に沼の水位が下がると「カナクソ(金糞)」と呼ばれる製鉄の時に出された鉱滓を見つけることができる。
――――――――――
【ダイタラボッチ伝説】
また「たたら」という名は、伝説の巨人ダイダラボッチに由来するという異説もある。
群馬、特に赤城山周辺に分布するダイタラボッチ伝説だが、当地に伝わる話はやや断片的で、沼の北側の群馬県立館林美術館付近や北東に約3kmほど離れた館林市木戸町付近に足跡が残るといったものであるようだ。

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