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皆沢八幡宮本殿のお参りの記録一覧
群馬県 神戸駅

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くし
くし
2023年05月01日(月)1703投稿

河童神社で4時を迎えたので帰ることにしました。
梅田湖からは桐生の市街地に出る他に、佐野の山間部の飛駒地区に出られる峠道がありまして、山道ながらこちらの方が若干近いのでこのルートを取ることに。

戦国時代、間に足利長尾氏という敵対勢力がありながら、佐野氏と桐生氏が同族・同盟関係を維持できたのも、足利荘の北の山間部を迂回するこの間道があったため。

さて、この峠道を少し行くと桐生と佐野の境界、つまり群馬・栃木県境に皆沢(かいざわ)という集落があり、そこにこの神社があります。
ここは以仁王の挙兵の宇治川合戦「橋合戦」で先陣を切った藤姓足利氏最後の当主、足利忠綱公を祀る神社。
(余談ですが、この辺りには後の源義経の宇治川合戦に出てくる名馬「池月・磨墨」に関する伝承もあります。それも佐野側と桐生側双方に)

この足利忠綱という人物、最初は平清盛に仕え上記のように宇治川合戦で大功を挙げますが、恩賞への不満から東国に帰り今度は源頼朝に仕えます。
しかし、一族の内紛やこの頃から台頭してきた源姓足利氏の足利義兼との確執から、常陸で志田義広の蜂起が起こるとこれに加わり頼朝と敵対。
しかし野木宮合戦で敗れてしまい、上野国に潜伏の後、山陰道を通り西海に落ち延びたものの以後は消息不明に・・・ (一説には再び平氏に加わったとも、汚名返上のため義経の平氏追討軍に加わったとも言われる)

ところが鑁阿寺などの足利・佐野の寺社にはその後の忠綱公の消息に関する伝承がいくつか残ってまして・・・
それによると忠綱公は密かに足利に戻り、足利義兼に匿われていたらしい。
しかし義兼の妻の北条時子(北条政子の妹)との不義密通を疑われ、この皆沢に潜伏し最後は自刃して果てたとも義兼に討たれたとも伝わる。
後に事実無根と判明し。忠綱公の武勇を称え、無念を鎮めるために祀られたのがこの神社と言われています。
(同じく疑われた時子さんの無念を鎮めるために立てられたのが鑁阿寺内の蛭子堂)

今回何度か取り上げた桐生の民話にも当地に伝わる伝承がいくつかありました。
「避来矢の鎧」
http://www.kiryu.co.jp/kappatoamedama/monogatari/hiraiya.htm
「セチ餅つかない一ノ瀬家」
http://www.kiryu.co.jp/kappatoamedama/monogatari/sechimochi.htm
特にその消息を求めはるばる羽生の無人社まで行った、藤原秀郷公伝来の矢が勝手に避けていくというチートアーマー 避来矢に関する伝承もあったのは私的にちょっとワクテカした♪w
ちなみに近くには赤雪山という、平成ガメラ2でレギオンが出現したことで有名(違w)な山がありますが、この山の名前も忠綱公の血で雪が真っ赤に染まったことから来てるとのこと。

これらの伝承は、足利荘乗っ取りのために源姓足利氏が藤姓足利氏に対して行った陰謀や暗殺事件が伝わったものではないかと。
最後を源平合戦全体と地元の郷土史双方に深く関わる忠綱公の神社締めることができ、歴史好きとしては大変充実した1日となりました(* ̄∇ ̄*)

皆沢八幡宮本殿の景色

写真奥に写ってる梅田湖を渡る梅田大橋
これを渡ると佐野方面に行けます

皆沢八幡宮本殿(群馬県)

この日は冷える日だった
山の中なので下では散り始めた八重桜がまだ満開

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